皇妃様は仮面作家~隣国に嫁いで夫に1年塩対応されてましたが夫は私の書いたお話に沼落ちしたそうです~
 母国にいた頃は本を読んだり、アリエスお姉様の体調がいい時は一緒にお茶を飲んだりしていたが、帝国にはそんな相手もいない。

 警備の問題でふらふらと出歩くこともできずにいたわたしの心を癒してくれたのは、読書だ。
 この部屋には、本がたくさんあった。
 わたしが本を読むのが好きという話は先にこちらの国にも伝わっていたらしく、一応陛下が気を利かせてあれこれと本を揃えてくれたらしい。

 工業的な飛躍がめざましい帝国では、印刷を随分手軽に行えるようになったと聞いた。
 民の識字率も高く、印刷業は国家が力を入れている事業の一つでもあるのだという。

「……さて、ルネ。紙とペンをちょうだい――今日のうちに、書けるところまで書いておきたいの」
「かしこまりました。お食事はどうしましょう?」
「片手で食べられるものをそこのテーブルに置いておいて。そろそろ話を書き上げないと、今度はシトリノーゼ侯爵夫人から催促の手紙が届くわ」

 侯爵夫人から送られてきた手紙に一通り目を通したわたしは、ルネにお願いして執筆道具を用意してもらう。

 暇を極めたわたしが数か月前から熱中していること。
 それは物語の執筆だった。

「かしこまりました。道具はこちらに……お飲み物は水差しにご用意しております。お食事は軽いものにしてこちらに」
「ありがとう。形が出来上がったら、一度あなたに声をかけるから」
「隣の部屋に控えております。頃合いを見てこちらに参りますが、なにかあれば鈴を鳴らしてください」

 手際よく準備を整えてルネに小ぶりな呼び鈴を渡されて、準備は完了だ。
 たっぷりとインクが入った壺にペン先をつけて、わたしは物語の中に没頭していく。

(思えば、本当に暇つぶしの一環だったけれど――色々とやってみるものね)

 最初は、ただ本を読んでいるだけで楽しかった。
 メルトワーズにいた頃は自分でなにか物語を作ろうなんて考えたことはなかったし、その為の勉強をしたことだってなかった。

 でも、ふとした時に思い出したのだ。
 亡くなったお母様が、幼いわたしにお話を作って読み聞かせてくれたこと。
 病がちでお父様からも早々に見放されていたお母様は、わたしやアリエスお姉様たちのためにあれこれとお話を作っては聞かせてくれていたのだった。

 もしかしたら、あの時のお母様のようになにかお話を作れないだろうか。
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