皇妃様は仮面作家~隣国に嫁いで夫に1年塩対応されてましたが夫は私の書いたお話に沼落ちしたそうです~
 そう思ったのが、そもそものきっかけだった。

「えぇと――前章はマルドゥクが氷の庭を発って……エルフェンリートがミーティアに告白したところで終わってたから……」

 生まれてから、たくさんの物語を読んだ。
 幸いなことに本が多く手に入るような立場で、古くから伝わる童話も、西の国で流行した恋愛ものも、ある程度は望めば与えられていた。

 帝国や他の大きな国のように、優れた印刷技術というものはまだメルトワーズでは確立されきっていなくて、本は贅沢品でもある。
 それを惜しみなく与えられてきたのだから、その点では王女という立場に感謝したい。

「氷の庭の加護が解けたマルドゥクと……彼に加護を与えたいミーティア。それから――ミーティアを愛している、エルフェンリート」

 ぶつぶつと物語の流れを呟きながらペンを走らせるわたしの姿は、多分自分が思っている以上に恐ろしいと思う。
 でも、そうしなければ話が進まない。それでは、物語を待ってくれている人々に申し訳が立たないのだ。

 最初、わたしの話を読んでくれたのはルネだけだった。
 それが偶然、わたしの世話をしてくれる他の侍女の目に入り、それがまた別の侍女に紹介され――気付けばわたしが書いたそのお話は、様々な人々に広められることになった。

 皇妃が一人部屋にこもって物語を綴っているのはいかがなものだろう。
 そう思ったわたしはルネと相談し、この話は『リリアン・ローズエルト』という作家が書いているということにした。

 リリアンはわたしの知り合いで、帝国に住む作家である。
 ある事情から素性を隠しており、わたしは偶然それを知ってしまった。だが、友として彼女の素性を明かすことは絶対にしない――そういう設定を作りこみ、写本を作りたいという貴族には積極的にそれを許したりもした。

 そうして、わたしが紡ぐ『冬の王と黎明の巫女』という物語は、王宮中で読まれることとなったのだ。

「本当に……人生って何があるかわからないわね……」

 昔お母様に読み聞かせてもらったおとぎ話や、アリエスお姉様たちと読んだ流行の恋物語。
 それに、ダグラスお兄様が好んでいるような戦記物などを織り込んで。
 自分で物語を作りこんでいくのは思っていた以上に大変だったけれど、それでも楽しいが勝った。

「楽しみにしてくれている人もいるし――もっと頑張らないと!」

 帝国に嫁いでから――いや、その前からずっと。
 必要に駆られてではなく、自分の意志でこんなにも夢中になって何かに取り組んだのは初めてだ。
 一人で世界を作り、人物を描き、白い紙にしたためる。それがこんなにも楽しいことだなんて知らなかった。

「あっ、ここはちょっと矛盾してるわ。これだと後でうまく調整するのは難しいし……じゃあどうすれば――」

 いや、やっぱりちょっと大変だけれど。
 それでも、わたしが――正式にはビビアンだけれど――書く話を待ってくれている人がいる。
 そう思えば、いくらでも頑張ることができた。

(これも、ヨハネス様がわたしのことを放置してくれているから……なんて考えたら、怒られるかな)

 皇妃としては恐らく失格もいいところの考えだろう。
 だけど今のわたしにとって、ろくに声もかけてくれない夫よりも執筆活動の方が重要になっているのだった。
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