皇妃様は仮面作家~隣国に嫁いで夫に1年塩対応されてましたが夫は私の書いたお話に沼落ちしたそうです~
「ルネ、王立図書館からこの本を借りてきてもらえる? 多分司書のメルリッツさんに言えばすぐ揃えてもらえるだろうから」
「かしこまりました。今日もお食事は軽食でよろしいのですか?」
「えぇ――あと三章、一気に書き上げるわ……!」

 今日も今日とて、わたしはペンを握って紙と向かい合っていた。
 ヨハネス様が多忙で一切わたしのことを顧みないのをいいことに、こちらはこちらで自由にやらせてもらっている。

 部屋に缶詰めになって資料を読み漁り、簡単な食事と仮眠をとって机に向かう日々。
 一見して不健康極まりないような光景ではあるけれど、わたしの心はこれ以上なく満たされていた。

「三百年前のカルドラ戦役の本がどうしても欲しいの……! できればウォー・デルリッツ将軍が書いた『カルドラ戦記』か、財務官だったゼノン・ロンギヌスが書いた『戦役百景~財務官が見たカルドラ戦役』のどちらかを……!」

 半泣きになりながらルネにそんなお願いをして、王立図書館まで走ってもらったこともある。

 ――実はここ数日、筆の進みが特に遅くなってしまっていた。
 執筆活動に没頭できるのは幸せなのだが、皇妃という立場上外に出てあれこれと考えを巡らせるわけにはいかないし、状況はどん詰まりだ。

「ここでマルドゥクが山間から兵を動かしたとして――本当に敵軍の逃げ場を絶てる? こっちは寡兵、向こうは大軍――うー、こういう時にダグラスお兄様がいればすぐ聞けるのに……!」

 一時の別れを描いた序盤から一転し、中盤は主人公が兵を率いて戦地に向かう描写が必要になってくる。
 けれど、戦場に立ったことのないわたしはどうにも戦いの描写というものが苦手だった。戦術や戦法は本を漁ればいくらでも出てくるが、それをどう活かしてキャラクターを動かせばいいのかがわからない。

「マルドゥクの後ろに援軍がいて……だめだ、ここまで寡兵で乗り越えてきたのに、リアリティがなさすぎるわ。氷の精霊の加護も切れてるし――」

 今まで書いた設定を見直し、資料とにらめっこしながら数文字だけ書いて、また頭を悩ませる。
 最近、一日がそんな流れで終わっていく。
 ずっと資料を当たっているから、食事も片手で食べられる簡素なもの――軽食として出されるパンや小さく刻んだ野菜が入ったスープなどで済ませて、夜遅くまで唸っていることも多くなった。
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