皇妃様は仮面作家~隣国に嫁いで夫に1年塩対応されてましたが夫は私の書いたお話に沼落ちしたそうです~

「リリア様、大丈夫ですか? 最近、ずっとろくな食事もとっておりませんよ……」
「必要な分は食べているわ。大体、普段の食事が豪華すぎるだけよ……それに、わたしの書く物語を待ってくれている人がいるんだもの。早く形にして、その人たちに続きを届けたいし――」

 だからといって、細部に手を抜くことはしたくない。
 わたしが書いている物語は、今や王宮でそれなりの人気を得てしまった。読者の中には中には文官や、剣を握る武官もいると聞く。

 適当にぼかした文を書けば、きっと彼らはその細かな違和感に気付いてしまうだろう。
 熟達した劇作家などだったらその違和感を上手く利用した効果を出せるのだろうが、わたしはまだまだ作家としては駆け出しもいいところ。技術も技量も、なにもかも足りていない。

「ルネが借りてきてくれた資料を、もう一回読み込んでみるわ。……遅くまでごめんなさい、下がっていいわよ」
「リリア様……もし体調が悪くなったりしたら、すぐにお呼びくださいね?」

 一日中ペンを握って、気付けば夜が更けてしまっていた。
 ルネにおやすみと挨拶をして、机の上に散らばった原稿を眺めてみる。

「ん-……せめてもう少し、戦術に詳しい人からの話を聞ければ――ジグムント様……も、お忙しいし……」

 ヨハネス陛下の腹心、マルダシアン伯爵ジグムント様。
 見た目は穏やかな文官っぽいけれど、本人はとても優れた才能を持った指揮官だ。
 皇妃と臣下として最低限話したことはあるけれど、そこまで親しくはない――というか、わたしが部屋に引きこもっているからそもそも接点がない。

 でも、頭脳明晰で軍の指揮を執る彼に話を聞くことができれば少しは筆が進むんじゃないだろうか。

 過ぎていく時間の速さに愕然としながら、頭を抱えることしばし。
 コンコン、と扉がノックされたのは、日付が変わる直前のことだった。
 既にルネは下がっているけれど、もしかしてなにか用があったのだろうか。

「はぁい――ルネ? どうかしたの、こんな時間、に……」
「ルネではないが」

 部屋のドアを開けて、聞こえてきた低い声に顔を上げる。
 頭一つ分高い位置から聞こえる声は、どこかで聞き覚えが――いや、それどころの話じゃない。

「……ヨ、ヨハネス陛下」
「なんだ、亡霊にでも出会ったような顔をして。残念だったな、余はまだ生きているぞ」
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