バカ恋ばなし
フラワーハウスに到着し、入り口のドアを押して入った。暖房の心地良い暖かさが

頬を伝い、コーヒーの良い香りが鼻をくすぐってきた。女性店員の「いらっしゃい

ませ~。」と高いトーンの明るい声が店内に響いた。それと同時に過去に聞いたこ

とのあるピアノのクラシック曲が耳に入ってきた。ショパンの「子犬のワルツ」

だ。店内は、入り口ドアから入ってすぐ左側にカウンターがあり、木製のアンティ

ーク調の椅子が5脚並んでいた。カウンターの中では店主であろう中年男性がお冷

用のコップを黙々と磨いていた。店主は中肉中背で黒々とした髪をきっちりオール

バックにしており、鼻の下に綺麗に整えたチョビ髭を生やしていて、無口だがとて

も穏やかな表情をしていた。そして赤と緑のギンガムチェック柄のベストとお揃い

の小さな蝶ネクタイを身に着けており、それが彼の穏やかな表情と合ってとても可

愛らしく見えた。カウンター席には、頭頂部が剥げて頭皮が皮脂で輝き、顔に若干

の無精ひげを生やしていて、黒のジャージ上着にグレーのスラックス姿といったア

ンティーク調の装飾が揃っている喫茶店にはかなり場違いの恰好をした中年男性

が、右足を左の太ももに乗せた状態で足を組んで椅子に腰かけ、熱心にスポーツ新

聞を読んでいた。彼はドアから入ってきた私たちに全く見向きもせず、集中して新

聞を読んでいた。多分、新聞のエロ関連の記事もしくは競馬関連の記事を熟読して

いたのであろう。銀縁眼鏡の奥の細い眼から怪しい光を放っていた。そしてこのか

なりくつろいだ感じは何気に店の常連客だろう。

入り口から右側フロアには木製のアンティーク調のテーブルと椅子のボックス席が

並んでおり、壁際には4人掛け用の席が4組、店のセンターには2人掛け用の席が

4組ほど並んでいた。壁側の4人掛けボックス席には白髪交じりのショートヘアをし

た年配の女性が一人、コーヒーを飲みながら分厚い本を読んでいた。ネイビーのゆ

ったりとしたタートルニットにパールのネックレスとお揃いでパールのイヤリング

を身に着けており、服装から気品さを感じた。まさに店内の雰囲気とピアノのクラ

シック曲にマッチしており、カウンターにドカッと座っているテッペン剥げのおじ

さんとは対照的な印象だった。彼女は私たちが店に入ってきたとき、少し眼鏡を下

げて視線をこちらに向けたが、その後すぐに眼鏡をかけ直して読書を続けた。彼女

も多分この喫茶店の常連客だろう。
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