バカ恋ばなし
私は温泉旅行先で石家先生と宴会で楽しく飲んでいる様子や一緒に観光地へ行ってキャッキャキャッキャと楽しく騒いでいるところを想像しては一人でニヤけていた。そして小学校時代の遠足前のウキウキした感じを思い出させた。まだ2週間もあるのに、私は計画的に荷物の準備を着々と進め、当日着る服装も考えていた。N県に旅行することを聞いた母親が自分の押し入れからコートや上着を引っ張り出してきたり、使い捨てカイロや防寒下着等荷物についていろいろ勧めてきた。
「N県はここより寒いから風邪ひかないようにしなきゃ。これを着ていったら?」
「使い捨てカイロを持って行った方がいいんじゃない?いっぱいあるよ。」
「あぁ、はいはい……ありがと。」
私は母のアドバイスを横で聞き流しつつ、当日のことを想像して二ヤついた顔をしながら準備をしていた。そんな気持ち悪い私の様子を見た母は怪訝そうに眺めていた。

 2週間はあっという間に過ぎていき、いよいよ旅行当日がやってきた。その日は快晴で旅行日和と言わんばかりの爽やかな朝……ではなく、小雨が降る肌寒い朝だった。私は防寒下着を着用し、古着のリーバイス501デニムの下には厚手のタイツを履いて、クリスマスっぽい鹿柄の入ったクリーム色のセーターと、黒いダウンジャケットをまとった格好で家を出て車を運転して集合場所である病院前駐車場へ向かった。自分なりに防寒対策をしたつもりだがまあまあ寒さを感じた。でも集合場所へ向かう私の心はポカポカだった。車のハンドルを握りしめ、車内で軽快なJポップを肩でスイングしながらポカポカ気分で聞きまくっていた。
(さて、石家先生はどんな格好で来るのかな……。)
そんなことをニヤニヤと考えていたらあっという間に病院駐車場に着いた。集合場所にはすでに、同僚の松田と広瀬、そして前田師長とベテラン看護師の谷中さん、木村さん、山田さん、平田さんそして今回温泉旅行を担当するB旅行会社の一木さんが着いていた。今回の参加メンバーはとても穏やかな面子だ。一部を除いては。
「おはようございまーすー!今日はよろしくお願いします。いやー寒いですねえ~。T県がこんなに寒いならN県は東北だからかなり寒いでしょうね。私、めっちゃ厚着してきましたよぉ~。」
「そうだよねー私も厚着してきたよ。向こう(N県)はかなり寒いからね。風邪ひかないように気を付けようね。しかし、旅行なのにこんな小雨が降っててちょっと残念だね。」
私たちはお互いに挨拶を交わしながら“寒いですねー”トークを半ば興奮ぎみに話していた。そのとき、駐車場の入り口から赤いダウンジャケットと紫色のピチピチパンツ姿でカラフルな花柄の傘を持った米倉主任がこっちに向かって歩いてきた。
「おはよー!ごめんごめん!遅れちゃったよ~。小雨が降っちゃってなんか残念だよなぁ。ところで参加者はみんな揃ったか?あれ?先生たちはまだ来ないのか?」
米倉主任は、曇り空の中で一際派手な格好をしているので遠目からでもすぐに認識できた。目鼻が大きく派手な顔立ちの上には紫色のアイシャドウに真っ赤な口紅といった普段よりも数倍濃い化粧でしっかり固めており、両耳には大きなゴールドのリング型イヤリングを付けていた。私はそんな米倉主任の様相を見て、以前テレビの海外旅行番組で見たどっかの国の民族を連想した。
「いやぁ~遅れて申し訳ないです~!今日明日はよろしくお願いしますねぇ~!」
米倉主任は一木さんの方へ向かって大声で挨拶を交わした。
「はい、大丈夫です!よろしくお願いしますね!」
その迫力に一木さんは半ば迫力に押されたかのように若干緊張した声で挨拶を返していた。
「今日明日この温泉旅行を担当してくれるB旅行会社から来た一木さんだ!よろしくな!」
米倉主任は迫力あるハキハキ声で一木さんを紹介した。
「み、皆さんおはようございます。こ、今回米倉様のご依頼でこの旅行を担当させていただきますB旅行会社から来ました一木です。2日間よろしくお願い致します。」
周囲の注目が一木さんへ一気に注がれて、一木さんは更に緊張した面持ちで挨拶をした。小声で寒さもあってか声が若干震えていた。一木さんは上下グレースーツで、サイズが大きいのかスーツの肩部分がヨレヨレに垂れており、黒縁眼鏡をかけた顔ときちんとカットされて清潔感ある黒髪から所々に白髪が混じっているの見ると、気弱で相当気苦労をしている感じを醸し出していた。
その更に数分後、沼尻先生と一緒に石家先生が駐車場に歩いて入ってきたのが見えた。黒いブルゾンの後襟部分からグレーパーカーのフードが出ており、ブルーデニム姿の石家先生は、いたって普通の格好だが、私には爽やかさをより一層際立たせてカッコよく思えた。長身でデニムを履いた脚は長くてスラリと伸びているのでとてもスタイルが良く見えた。石家先生が、沼尻先生と寒そうに前屈みになって笑顔で会話をしながらがらこっちに向かって歩いてくる姿は、私の目にはスローモーションに映った。
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