バカ恋ばなし
チラリと見た視線の先に移った彼は、缶ビールの空缶を握り潰し、こっちに向かって左手の指を口に入れてピュ―ピュ―と指笛を吹きながらその爽やかな顔をクシャっとさせてニコニコ笑っていた。真っ赤な笑顔の眼は座っていた。
「丸ちゃん最高!まさかの鼻つまみ!イカすぅ~!」
石家先生がクシャクシャ笑顔で私を褒めてくれたのだ!そして、私が鼻を摘まんで歌っていたのを真似して鼻を摘みながら目が座った笑顔で歌い出した。
「ありがとうございま~す!嬉しい~!」
(先生に褒められたぁ~!やったぁ!)
私は目立たないように小さくガッツポーズをした。増々嬉しさが込み上げてきて自然に顔がニヤついていた。嬉しさにバス酔いもフワッと吹っ飛んでいったのを感じた。
17:00頃にバスは宿泊先であるT温泉ホテルに到着した。
「いらっしゃいませ~ようこそT温泉へ!」
ホテル入り口には光沢のある黄色の和服姿の女将と黄緑色の和服姿をした若者から中堅くらいの仲居さん5名程がニコニコ笑顔で出迎えてくれた。その笑顔の中を私たち一行は「ど~も~」と軽く会釈をしながら入り口へ進んでいった。一木さんが足早にフロントへ進んでチェックインの手続きを済ませ、各自の宿泊部屋の鍵を受け取って私たちのいる場所に来た。
「皆さんの宿泊する部屋の鍵を渡しまーす。」
今夜の部屋割りは、503号室の二人部屋には前田師長と米倉主任、大部屋の505号室には沼尻先生と石家先生、一木さん、506号室には谷中さん、木村さん、山田さん、平田さん、50
7号室には松田、広瀬、私だ。
「では7時に1階宴会場である『鳳凰の間』にて夕食となりまーす。それまでお部屋でゆっくりお休みくださいね!」
一木さんは少し大きめの声で夜の宴会についての案内をした。
私たちはそれぞれ部屋の鍵を受け取って各々に荷物を抱えながらエレベーターに乗り込み、宿泊部屋に入った。扉を開けたとたん、真っ先に畳の香りがした。その香りでホテルに到着したことをしみじみ実感した。部屋の隅に各々荷物をドカッと置き、フカフカした橙色の座布団の上に思いっきりドカンと座った。
「やっと着いたねぇ~。疲れたぁ~。」
松田が足を延ばしながら言ってきた。広瀬も「そうだねぇ~」と言って伸びをした。
「めっちゃ疲れたぁ~。バスの旅は長かった……」
私はあくびをしながら足を投げ出した。腰を下ろしたとたんにドッと疲れが出たのか身体が錘のようにズシリと重く感じた。
「ねぇ、夜の宴会前に温泉入ろうよ!」
「いいね!入ろ入ろ!」
松田の一声で私たちは浴衣に着替えて、ホテル2階にある温泉に向かった。露天風呂に首までつかると足から腰、背中、肩にかけてじわじわと温まり、更に疲れがドッと出てきて眠気が襲ってきた。
湯の中でウトウトしていたら、背部から広瀬が声をかけてきた。
「ちょっと丸ちゃん、大丈夫?」
広瀬からの声掛けにハッと顔を上げた。思いっきり首を下に傾けていて顔が湯の水面スレスレまで下がっていたことに気付いた。
「あ、大丈夫大丈夫。何だかドッと疲れが出ちゃって……眠くなっちゃったよ~。」
「結構長い間バスに乗っていたから疲れたよねぇ~。」
私たちはしばらく湯の中に浸かっていた。静かに浸かって湯の暖かさをじっくり堪能していた。
温泉でしっかり身体を温め、浴衣に着替えて女湯を出た私たちは、宿泊部屋を目指して廊下を歩き始めた始めたときだった。
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