バカ恋ばなし
一通り地獄絵図が終了し、またゲームが再開された。
「王様だぁ~れだ!」
「はぁ~い!」
今度は広瀬が王様くじを引き当てた。
「じゃ~ねぇ~7番の人が5番の人を後ろからハグ!」
みんな一斉に自分たちが引いたくじの番号を確認しだした。私が引いたのはなんと5番だ!今まで奇遇にも指令から外れまくっていたのに今回は当たったのだ。
(うわっ、私5番だ!どうしよう……7番は誰なんだろう……)
「5番の人誰~?」
「は~い。」
私は恥ずかしさを抑えて小さく手を挙げた。私のずんぐりした背中を誰がハグするのだろうか?沼尻のクソジジイは絶対に嫌だ!
「では、7番の人は~?」
「は~い!」
その瞬間、私の胸はドキンと音が鳴るのを感じた。
となりに座っている石家先生が長い右腕をスッと挙げて返事をしていたのだ!
(えっ、先生が7番?!マジ?!)
「え~っ?!先生が7番ですか?!」
私は驚いて思わず石家先生の方を向いた。
「そうそう、俺。フフフ……」
石家先生は真っ赤な顔をニヤリと笑顔を見せつついたずらっぽく笑った。
「あっ、石家と丸ちゃんの新人コンビだぁ~!ではさっそくハグをお願いしま~す!」
沼尻先生が真っ赤な顔をニヤつかせ、甲高い声で若干興奮した感じで言ってきた。沼尻先生の声に続いて周囲から「ハ~グ!ハ~グ!」と早くやれと言わんばかりに声が上がった。この時私は、沼尻先生にちょっとだけ感謝した。
(ナイス!スケベおやじ!)
私は嬉しさと恥ずかしさが高まり、どうこの場にいていいのか分からず、ただ顔を赤らめながら背を丸めて体育座りをした。胸の鼓動がドクドクと強く鳴り出した。
「それでは。」
石家先生はゆっくりと私の背後に回り、両手で私を包み込んでギュッと自分の方へ引き寄せた。私の両脇には、彼の白くて長く、脛毛がびっしりと生えた脚が見えた。
(先生、結構脛毛濃いんだな……)
ダンゴムシのように縮んでいる私の体を彼は思いっきり包んでくれた。その瞬間、周囲から「ウォー!」と歓声が響き渡った。私は生まれて初めて男性からハグをされた。
私は背中から石家先生の温もりと、彼の鼓動をトクトクと感じた。そのとたん、私の心臓の鼓動もドクドクと更に強く鳴り出した。
(スゴイ!スゴイスゴイ!温かい!どうしようどうしよう……このまま時が止まればいいのに……)
温かくてやさしい石家先生に後ろからだがハグされた私は、喜びと興奮でドキドキしていた。先生の温もりを感じながらひたすら夢見心地に浸っていた。ハグは数分間程とそんなに長くはなかったが、私としてはその時間は数十分と長く感じた。石家先生は私の目の前で組んでいた手をゆっくり離し、後ずさりしながら身体から離れた。彼が離れた後も、私の背中は彼の鼓動と温もりの余韻が残っていた。私にとってこの時間は本当に夢にまで見た幸せなひと時、忘れられない幸せな思い出になった。
二次会が終わり部屋に戻って布団にもぐり込んだ後も、先生からハグをされたひと時を噛みしめながら一人ニヤニヤし続け、いつの間にか眠りにおちていた。
朝起きて温泉に入り、シャキッとさせながら1階にあるビュッフェスタイルのレストランで朝食を摂った。昨晩宴会で大はしゃぎをしていた米倉主任は相変わらず大きな声でガハハと笑いながら前田師長と朝食を摂っていた。
(うわぁ~昨夜あんなに酒飲んでいてちっとも変わらないなんて、主任スゲエなぁ……)
谷中さん、木村さん、山田さん、平田さんも朝食を摂りに来ていたが、4人とも顔が浮腫んでいた。
沼尻・石家両先生と一木さんはレストランに姿を見せなかった。
帰りのバスに乗り込んだ一行は、行きとは真逆に車内ではシーンとしていた。沼尻先生はブーたれた浮腫んだ顔で冴えない表情を浮かべながら後部座席に座ってぐったりしていた。石家先生も同様に後部座席でぐったりしていた。爽やかな顔に浮腫みが見られていた。
「いや~昨日ははしゃぎすぎました……二日酔いで朝ご飯食べれなかった。」
昨晩はビール、焼酎、日本酒とガンガン飲みまくって騒いでいたので、二日酔いになるのは当然であった。皆二日酔いと旅の疲れで一行はほとんど寝ており、病院へ戻る車内は皆の寝息が聞こえていた。そんなシーンとした車内で私はボーっと車窓の景色を眺めながら一人静かに今後の展開について考えをめぐらしてはニヤニヤしていた。外は雨が降っていて、雨粒が窓を打って斜めの線を描いていた。雨の降る車窓の景色を見ながら私は自分の気持ちに確信を持った。
(私、やっぱり石家先生のこと大好き!)
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