【新装版】BAD BOYS
前に聞いた言葉を思い出す。
あの時本当は、彼ははなびを振る予定だったんだと。──だから俺らと自分を、天秤にかけて。
「本当はわたしのことを振るつもりで、『花舞ゆ』を捨てるならって言ったらしいの。
……馬鹿ね。ごめん、って断れば、それだけで終われたのに。そう言えなかったのは、彼がわたしのことを好きでいてくれたからなのよ」
そうだ。ごめん、と言えば、それだけではなびとあの人の関係は終わっていた。
なのにそうしなかったってことは……それがあの人にとっては、賭けだったのかもしれない。
俺が、今日のことを、賭けたように。
「千秋さんをフルで働かせるわけにはいかないから、ノアは学校をサボってバイトしてたこともある。
千秋さんには祖父母だとか、ノアのお兄さんとか、自分が結婚前に働いた分のお金とか。それらの貯金があったから、お金を稼ぎながら、貯金を崩して暮らしてた」
「うん、」
「それに2年耐えて、今はノアが大学生になってホストで働くようになって。
それで稼げる分余裕も増えたから、のいちゃんを保育園に通わせて、自分は契約社員で働いて生計を立ててる」
付き合った時に、はなびはこれを直接聞かされたんだろう。
「ノアはわたし以外には縋れない」という言葉の意味は、自分以外にこの事情を知っている人間がいないからで。
デートしてお金を使わせたくない、というのも。
すべてはここに、繋がっていた。
「ノアが千秋さんに頼みごとをされたときに、断らなかったのは、元々は『兄の彼女』だった千秋さんのことを好きだったから。
……そのあとはわたしを好きでいてくれたらしいけど、ノアはお兄さんにとって大切なふたりを放っておけなかった」
母親でさえ、手を伸ばしてはくれないのに。
まだ高校生だった自分の身を削ってまで、兄が残した大切なものを、守るために。
「ノアが大学に入ったのは、4年通って就職して、さらに千秋さんを楽に生活させてあげるため。
そのあたりのいろんな事情を話したくないから。お兄さんの指輪をして、あくまで家族として3人で暮らしてるの」
指輪をしているのは、大切なふたりを「家族」として守っていくため。
彼女にパパと呼ばれて否定しなかった理由は、まだ幼い彼女のことを、悲しませないため。
すべて悪意のあるように見えるその行為には。
大事なものを守るための愛情しか、存在しなかった。