【新装版】BAD BOYS



湿っぽさを孕んだ夏の風を感じるベランダ。

既に用事はすべて済ませて、あとは寝るだけ。スマホの上部に表示された時計が23時を回ったのを確認して、連絡先をタップする。



電話をかけてそれが繋がる前に缶に口をつけると、炭酸の細かい気泡がぱちぱちと弾けた。

見える景色はこの時間でもまだ眩しくて、キラキラしてる。



『……はい。どうしたの?』



電話の向こうから聞こえてくる声は、いつも堅い。

いきなり「どうしたの?」と時間を惜しむように尋ねてくるところが、仕事一番のお母さんらしくて。静かに、「あのね」と口を開く。



「わたし、黙ってたことがあって」



『……黙ってたこと?』



途端に声色が険しくなるから、怒られるだろうな、と思う。

怒られるだろうけど、でも、やっぱり。──いまは、ただ好きな人と、一緒にいたいの。




「実は、ノアと別れて……

いま、別の人と、付き合ってるの」



本当は、もっと早く言わなきゃいけなかった。

ノアがいるからこの街にもどることを許してくれたお母さんには、特に早く言わなきゃいけなかった。黙ってちゃ、いけなかった。



それでも話せなかったのは、椿じゃダメだって言われるのをわかってたからで。

はかることなんてしてほしくないけど、そういう両親だから仕方ないと諦めるしかなかった。



実力だけで一生懸命働いて、わたしをこんな風に育ててくれたんだから、文句はない。

両親が間違ってるとか正しいとか、そんなことを考えたこともない。



「黙っててごめんなさい。

……その人と一緒にいたいから、言えなかった」



電話の向こうが、やけに静かだ。

お父さんは一緒にいないのかなとそんなことを考えて現実逃避していれば、返ってきたのはなぜか拍子抜けしたような『なに言ってるの?』という声で。



怒っている……ようには、聞こえない。



< 375 / 463 >

この作品をシェア

pagetop