【新装版】BAD BOYS
「……送ってくれてありがとう」
椿はそのあと、マンションに着くまで何も話さなかった。
明らかにふたりの間には重苦しい空気が流れていて、それ以上わたしが何か言えることもなかった。
「いや、それは俺のセリフだろ。
ごめんな、無理やりデートになんて誘ったりして」
「ううん……」
じくり、と心臓が痛む。
せっかく楽しく過ごせていたはずの時間も、椿にとって悲しい思い出にさせてしまっているのなら、それは紛れもなくわたしのせいだ。
「ごめんな」
謝らせたかったわけじゃ、ないのに。
ううん、と首を横に振っても、その表情が変わることはない。椿には、笑っていてほしいのに。
「あ、椿……そのまま傘、持っていって」
「いや、いいよ。ここから家まで遠くねえし、」
「でも濡れちゃうじゃない。
風邪ひいてほしくないから、使って?」
椿が何か言う前に「また今度返してくれたらいいから」と言葉をかぶせれば、彼は仕方なさそうに頷いた。
それに内心ホッとした。……いまここで引き止めないと、口実を作らないと、椿がもう二度と会ってくれない気がしたから。
「じゃあ、帰るよ。……傘サンキュ」
「うん、こちらこそありがとう」
もう会わなければ、不毛な言い合いもしなくて済むのに。
そもそも会いたくないと最初に言ったのはわたしなのに、もう会わないのは嫌なんて、とんだ自分勝手だ。