魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
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 レインはいつもの通り、薬草を採りに来ていた。
 祖母は集落の方に行くと言っていた。だから、一人で薬草を採りに森の中へと入っていたのだ。籠もいっぱいになったし、そろそろ自宅に戻ろうと思い、立ち上がると遠くに人影が見える。

「トラヴィス、さま」

 レインはその人影が彼であることをすぐに認識した。忘れたくても忘れることができなかった彼。
 思わず抱えていた籠を落としてしまう。薬草が散らばる。
 それでも彼から逃げなければならない、という思考が働き、彼に背中を向けて走り出す。せっかく採った薬草が気になるが、それよりも彼から逃げる方が最優先だと判断した。

「レイン」
 背中からトラヴィスの声が聞こえてくる。
「レイン、待ってくれ」
 その声が追いかけてくる。だけど、待てない。待てるわけがない。
 今のこの姿を彼に見せるわけにはいかない。四月(よつき)経っても魔力が戻らなかったこの姿を。
 この森の中を走るには、まだ地の利のあるレインの方が有利だ。トラヴィスの方が足は長くて速いかもしれないが、木の根や草等、この森には走るための障害がいくつもある。

「あ」

 後ろでそんな声が聞こえた。その声に動揺して、レインは立ち止まり、くるりと後ろを振り向いた。するとトラヴィスが見事に転んでいたのだ。大の大人が、それは盛大に。そして、なかなか起き上がろうとしない。もしかして、怪我をしたのだろうか。

「トラヴィス様」
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