魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 レインは彼から逃げていたというのに、トラヴィスの元へと駆け寄った。それはきっと無意識に。

「トラヴィス様、ご無事ですか」
 レインが手を差し伸べると、トラヴィスの左手が勢いよくそれを捕まえ、ぐいっと自分の元へと引いた。レインはバランスを崩し、トラヴィスの上に覆いかぶさる形になる。すかさずレインの背中にトラヴィスの右手が伸びる。

「捕まえた。もう離さない」

「トラヴィスさま?」

「やっぱり。レインは優しいから。私が転んだら来てくれると思った」
 レインの胸元に顔を埋めるトラヴィス。

「わざと、ですか」

「ああ」
 トラヴィスの息が胸元にかかる。
「ずっと、会いたかった。君の声を聞きたかった。君にそうやって名前を呼ばれたかった」

「トラヴィスさま」

「もっと、私の名前を呼んで」

「トラヴィスさま」
 レインはトラヴィスの耳元で彼の名を呼ぶ。
「トラヴィスさま?」

「なぜ私から逃げた?」
 トラヴィスが顔を上げ、鋭い視線でレインを見た。まるで心の中を刺すような視線。
「なぜ、私の元からいなくなった?」
 間違いなくトラヴィスは怒っている。それだけはわかった。
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