魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 だけどそれに委縮するようなレインでもない。
「私が、ふさわしくないからです」
 レインは顔を伏せて、その言葉を絞り出した。それはいつも思っていたこと。

「誰がそんなことを言った」

「私です。私はずっとそう思っていました。なぜ、私なんですか?」
 ずっと聞いてみたかった。でも聞くのも怖かった。魔力無限大だからだ、という答えが返ってくるのではないかと思っていたから。

「それは、レインがレインだからだ。理由なんてない」

「私は、トラヴィスさまにふさわしく」
 とそこまで言うと、いきなり唇を塞がれた。固く閉じていた唇をトラヴィスはまたこじ開けようとしている。嫌だとレインは首を振りそれをかわそうとすると、一度、唇が離れた。

「レイン、私を拒まないで」

「拒んでいません。ただ、トラヴィス様は私にもったいないお方です。なぜ、私なんですか」

「私なんか、と言わないで。レインがレインだから私が選んだ」

 甘える子供のように、トラヴィスはレインの胸元に再び顔を埋める。

「レインが、私を救ってくれたからだ」

「え」
 その言葉にレイン自身は心当たりが無い。まったくない。

「君が覚えていないのも無理はない。何しろ、私とレインが初めて出会ったのは、君が四歳のときだから」
 トラヴィスは寂しそうに笑った。
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