魔力を失った少女は婚約者から逃亡する

☆~~☆~~☆~~☆

 気が付くと朝だった。外から差し込む光。身体を動かそうとすると、なぜかがっちりと固定されている。その原因はトラヴィス。彼女を抱きかかえるようにして眠っている。
 彼の、このような穏やかな顔を見るのは、初めてかもしれない。その瞼がピクリと動く。

「ああ、レイン。起きたのか?」
 目が合った。
「あ、はい。今、何時でしょうか」

「何時でもいい。昨日の今日を、誰に咎めることができようか」
 トラヴィスの腕が伸びてきて、彼女の頭を優しく撫でた。そのまま、ぐいっと自分の胸元へと押し付ける。
 彼女の息がかかってくすぐったいのか、その胸元が震えた。それがちょっと面白くなって、レインはふーっと息を吹きかけた。また、胸元がピクリと震える。

「レイン」
 多分、彼女がいたずらを仕掛けていることに気付いたのだろう。少し低い声で妻の名を呼ぶ。
「君は一体、何をしている?」

「いえ、何も」
 言うと、腕を彼の背にまわして、ぐっと胸元に自分の額を押し付けた。それはわざと顔を隠して、その表情を彼に見せないために。

< 142 / 184 >

この作品をシェア

pagetop