魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 ライトは顎でしゃくった。彼の脇に、腕はある。
 泣いている場合ではない。この状況を、目の前の現実をなんとかしなければ。
 部位欠損。部位を再生する、と誤解されているようだが、無いものから作り出すことはできない。
 それが魔法。
 だけど、無いならあればいいのだ。彼の腕はここにある。

「トラヴィス様。痛みますか?」

「レイン、か?」

 彼は目を開けることなく、愛しき女の名を呼んだ。夢か現か。わかっていないのかもしれない。

「今、腕をつなげますから」

 縛られた箇所を解き、彼の身体から離れた腕を取り出し、それを本来あるべきところへと元に戻すための魔法。
 魔力を失ってから、このような大きな魔法を使うのは初めてだった。本当に魔力が戻っているのかが不安であるのと同時に、魔法を使いこなすことができるのか、ということも不安だった。
 彼の脇に彼の腕を置いた。そして、魔法を使う。両手をそこに添えて。
 心の中がポカポカと温かくなる。そして、その両手も。
 眩しい光がトラヴィスを包み、その光が消えた時に、彼の腕は繋がっていた。

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