魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 部位欠損者は他の負傷者とは隔離される。それだけ、あらゆる意味で特殊であるということ。
 目を閉じている彼の顔を見つめる。少し、苦しそうだ。欠損した部分を無理やり魔法でつなげるため、拒絶反応が出るとか出ないとか、そんなことも言われている。

 レインはふと思った。
 魔物のこと、魔法のこと、知らないことが多すぎる。トラヴィスと結婚したことで浮かれていたのかもしれない。とにかくこのままではダメだということ。

「レイン?」 

 熱い息を吐きながら、トラヴィスが愛する女の名を呼んだ。

「トラヴィス様。お気付きになられましたか?」

「ああ……。そうだ、私の腕」

「ばっちり、つなげておきました。私、やればできる子なので」
 エッヘン、と胸を張って言うのは、トラヴィスを力づけようとしているからで。
「レイン」
 トラヴィスが右手を差し出してきたのは、失った手を確認したいため。その手をぎゅっとレインは握りしめる。

「やはり、君の手は優しいな」

「トラヴィス様の手も、温かいです」

「喉が渇いたな。水をもらえないだろうか」

「はい」

 トラヴィスが身体を起こそうとしたので、その背を支え、水を渡す。

「やっぱり、君の回復魔法は素晴らしいな」

 身体は少し熱っぽいが、右手は難なく使える。その右手で水を受け取り、二口飲むと、それをレインに返した。

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