魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 レインの祖母が住んでいるところは、休憩を挟んで、馬で三日かかる。
「遠いところをよく来てくれたね」
 孫たちの訪問を心から喜んでくれた。その場所は人の喧騒とは程遠い、うっそうとした森の中にあった。少し歩けば集落はあるのだが、この場所は薬草を育てたり、また野草を採ったりするのに都合がいいらしい。けして人間が嫌いとかそういった意味ではない。

「少し、お散歩してきます」
 言い、外に出るレインに、ライトは魔法をかけた。保護の魔法。単身結界とも言う。魔物や変な人に襲われても、それが彼女を守ってくれるように、と。

 祖母は、お茶を二つ入れて、一つをライトの前に置いた。

「それで、話とはなんだい? あの子が急にここに来たことと関係するのかい?」

「はい」
 いただきます、と彼はそのお茶を手にする。紅茶とは違う独特の香り。

「薬草茶だよ。ここの移動までで疲れただろう」
 そう言って笑う祖母は、やはりどことなくレインに似ているように思える。

「やっぱり、あの子に都会の暮らしは合わなかったのかい?」

「いえ。そういうわけではありません。学園も卒業し、魔導士団として立派に仕事をしていました」
 いました。過去形。

「だったら、なぜだい? お前さんと喧嘩でもしたのかい?」
 喧嘩をしたらこうやって一緒にここまで来ないだろう、ということはわかっているのに、そんなことを言う。それは祖母なりの冗談。そして、この空気を和ませるための心遣い。

「いえ。彼女の魔力が」
 ライトも言いにくそうに、続きの言葉を飲み込んだ。

「こんな山奥だ。誰にも聞かれる心配はないよ」
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