魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 ライトはカップを両手で包んだ。誰かに聞かれることが心配だったわけではない。それを口にしてしまうと、それを認めたことになってしまうのが怖かった。

「彼女の魔力が枯渇しました」

「ほう。だが、わざわざそれを言うということは、ただの枯渇ではないね」
 やはりこの祖母も鋭い。

 ライトは頷いた。
「魔力回復薬でも、回復しません」

「へえ。薬師としては試したくなるけどね」

 その祖母の台詞に思わずライトの顔がほころんでしまったのは、これを現実として受け止めたくないからなのか、それとも祖母の薬に期待をしているからなのかはわからない。

「本当にあんたたち父子(おやこ)には感謝しているよ。娘だけでなく孫の面倒までみてもらってね」
 祖母は遠くを見つめる。

「血は繋がっていなくても、本当の妹だと思っています」

「そう言ってもらえるだけでも嬉しいもんだねぇ」
 祖母が笑うと目尻に皺が浮かんだ。

「それで、魔力回復薬でも魔力が回復しないという事例を、聞いたことはありますか?」
 ライトのそれに「うーん」と唸りながら祖母はお茶を飲んだ。ゆっくりと。
 何かを考えているのか、思い出しているのか。
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