魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 ライトが一番恐れていた問いだった。だが、今はそれに答えている余裕など無い。

「レインは、ここにはいない。いたとしても役には立たない。それよりも先に負傷者の手当だ」
 それを言い訳に、それの明確な回答を避けた。

 ライトはトラヴィスに指示された通り、隣の部屋の負傷者の回復に向かった。ライトは一緒に来ていた部下に、研究所にある魔力回復薬をありったけ持ってくるように指示をした。ライトが担当した部屋には、動けないような者たちもいた。ただ幸いなことに、身体の部位を欠損しているような者はいなかった。部位欠損者の回復ができるような魔力の持ち主は、今のところレインしかいない。だが、そのレインも、今ではそれを行うことができない。つまり、欠損部の治療を行えるような魔導士は今、この国にはいないということになる。
 それが悔しい。

 最後の負傷者の治療を終えたころ、日は西に沈みかけていて、空はオレンジ色から紫へのグラデーションを作っていた。しばらくすれば、この空も闇に飲まれてしまうのだろう。
 ライトは救護院のロビーにあるソファのひじ掛けに頭を乗せ、横向きでぐったり座っていた。むしろ寝ていたという表現の方が近い。足は、反対側のひじ掛けからはみ出している。他の者たち、つまり部下たちは帰らせた。今、彼はトラヴィスを待っていた。
 魔導士団の方もほとんど引き上げた。残っているのは、泊まり込みで回復を担当する者たち。回復の担当と言っても、容体が悪化した時に対応するだけで、四六時中回復魔法をかけ続けるわけではない。回復魔法が使える魔導士も貴重なのだ。
< 38 / 184 >

この作品をシェア

pagetop