魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 さて、祖母が集落にまで足を伸ばすのは、食料や日常生活品の調達の他に、彼らに頼まれた薬を届けるためでもある。

「頼まれた薬を持ってきたよ」
 と声をかけながら一軒一軒その家を訪れる。するとその家の者は隣にいるレインに気付き声をかける。
「私の孫だよ」
 祖母が言うと、レインは「レインです」と少しだけ頭を下げる。姓を名乗らないのは、ここにその名は不要であると思っていたから。いや、不要。前魔導士団長の娘、魔導士団長の婚約者、魔力無限大の娘、そういった肩書そのものが不要である場所。

「おばあちゃんに、こんなかわいいお孫さんがいたの?」
 三件目に訪れた家は、若い夫婦と幼い子供がいる四人家族の家だった。父親は仕事へ行っていて不在だと言う。今は母親と子供たちだけ。

「どうぞどうぞ、入って入って」
 この家の母親が明るくレインたちを迎え入れてくれた。幼い子供たちは、五歳と七歳の女の子だった。もじもじとしながら「こんにちは」と挨拶をしてくれた。レインも腰を曲げて、目の高さを彼女たちに合わせて「こんにちは」と言うと、二人はニコッと屈託のない笑顔を向けてくれた。そして、二人はレインの右手と左手の袖をそれぞれぐいっと引っ張る。

「遊んで欲しいんだよ」
 祖母は言う。
「遊ぶ?」レインは首を傾けた。
「どうやって?」

 祖母は気付いてしまった。ああ、この孫は遊び方も知らないのか、と。どのような暮らしがそうさせたのか、追及してはならないのかもしれない。
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