魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 だがレイン自身、自分の魔力が回復した感じはしない。
 トラヴィスは空いている右手で彼女の右手を優しくとった。

「魔力鑑定……」
 そこで再び彼は目を見開く。
「なんと」
 茶色の瞳が大きくなる。
「本当に、回復していない。なぜだ」
 トラヴィスはそこで目の前の少女を見つめる。

「なぜだ、とおっしゃられましても。私にもわかりません」
 レインは視線を下に向けた。そんなに真剣になぜだ、と聞かれても答えられないし、何よりも魔力を失ってしまったことは、魔導士として恥じるべきことであると、彼女自身思っている。
 自己嫌悪に襲われる。

「なんだ。まだ少し残っているではないか」
 トラヴィスが見つけたのは、レインの手の中にある回復薬の瓶。よく見ると、まだほんの少し底にそれが残っている。
 それはトラヴィスの突飛な行動によって、レインがそれを飲むことを途中でやめてしまったから、全部飲み干すことができなかったのだ。

 トラヴィスはレインの左手を掴んで、その瓶を自分の口元に運んだ。ほんの二口分、回復薬は残っていた。それを口に含むと、レインの顎を右手で鷲掴みにする。

「ん」
 レインはいきなり唇を塞がれた。目の前にはトラヴィスの整った顔。何をされているのか、わからない。閉じていた唇に侵入してこようとするものがあるが、それを許してしまう。そして何かをゴクリと飲み込んでしまい、レインは思わず顔を背ける。
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