魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 アーロンの屋敷は、王宮を挟んでライトの屋敷とは反対の方向。先日、使いを出して予定を確認したところ、いつでも遊びに来ていいよ、という回答をもらっていた。遊びに行くわけでは無いんだけどな、とライトは思ったのだが、アーロンにとって自分はまだ子供のような存在なのだろう。

「久しぶりだね、ライトくん」

「アーロンさんもお元気そうで何よりです」

 応接室に案内され、彼らは向かい合って腰をおろした。

「それで、私に話とは何かな?」

 アーロンに左腕は無かった。それでも両腕を組んで、何かを身構えるような態度にも見える。

「あ、はい。アーロンさんは、大魔導士ベイジル様のことをご存知ですよね」

「ベイジル、か。懐かしい名前だね」
 本当に懐かしいと思っているのか、そのアーロンの顔がほころんだ。

「ベイジル様の論文を探しているのですが、見つからないので」

「ベイジルの論文。彼の論文が無い、と? そんなわけはないだろう。あいつは研究バカだったし、むしろ研究しかしていなかった。人が魔導士団の忙しい合間をぬって論文を仕上げると、それを読んだベイジルからは一日中質問されたものだ」
 懐かしさがこみあげてきたのか、笑みを浮かべているアーロン。

「アーロンさんの、成長と魔力の論文は、私も読みました」

「ほう」
 アーロンが身を乗り出した。
「それを読んだうえで、ベイジルのことを聞いたということは。ベイジルについて調べている、ということかな?」
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