魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
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 レインが森で薬草を採っていたら、サクサクと土を踏みしめる音が聞こえてきた。誰か、いる。だが、この歩き方は祖母ではない。誰だ。レインは身構える。

「レイン」

「え、お兄様?」

 聞き慣れた声。そして、本来であればそこにいないだろう人を見つけ、レインは顔をクシャクシャにして笑顔を浮かべた。

「あ、おい。危ないから」
 ライトの制する声も聞かず、レインは走り出し、そしてその一歩手前から飛びついた。
「お兄様」
 レインの両腕がライトの首元に絡まる。と同時に、ライトは後ろに尻もちをついてしまった。それだけレインの勢いが強すぎたのだ。

「お前は、変わらないな」

 尻もちをついたライトは目の前の妹の顔を見上げた。だが、そう言ったものの、変わらないのはその中身だけで、外見が以前と違うようにも感じられた。
 以前よりも、大人になっている。その変わりように、少しドキリとする。

「お兄様。二月(ふたつき)ぶりですね」
 レインは兄の顔を見た。
「お兄様もお変わりがないようで、安心しました」

「俺はそんなにすぐには変わらないよ」

 ライトのそれに、うふふと、レインは声に出して笑った。それはライトに会えた嬉しさからだろう。

「ところで、今回はどうされたのですか? 何をしに?」

「なんだ。俺が意味もなくここに来てはいけないのか?」
 ライトはわざとそう答えた。少し、妹を困らせてみたいといういたずら心が働いたのかもしれない。

「そうではありませんが。だって、お兄様も忙しいのでしょう? その、研究所の方が」

「まあ、忙しいと言ったら忙しいかもしれないが。研究員は、時間は自由に使えるからな。それが研究員の特権だ。ここに来たのも研究の一つと言い切ればいいだけだ」

「まあ」
 レインが目を見開いて、大げさに驚く。だが、その目はすぐに細くなり、目尻は垂れ下がる。

「レインに会いに来たんだ」
 ライトは妹の背中に両手を回すと、ライトはレインの胸元に顔を埋める形となる。
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