魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「お兄様?」
 いつもと違うようなライトの態度に、レインは少々戸惑いを覚える。だがそれもほんの数秒の出来事で、ライトはレインからぱっと離れた。

「とにかく、元気そうで安心した。思っていたより、顔色もいいな」
 右手を伸ばしてきたライトは、レインの頬に触れた。相変わらず、彼女の肌は滑らかだった。だがこれ以上、妹とくっついていたら自制心が効かなくなる恐れがある。そっと、彼女を引き離した。

「レインは今、何をしていたんだ?」
 平常心という名の面をつけ、ライトは尋ねた。

「えと、薬草を集めていました。やはり、こういった薬草はこの地方の森にしか無いようなので。あとは、もっと珍しい薬草は、日の当たらない洞窟とかにあるようです」

「なるほど。だから、薬師は王都には少ないというわけだ」

「そうなんです」
 ライトが理解してくれたことが嬉しかった。
 彼は、立ち上がりついた埃を手で払う。レインは薬草の入った籠を手にする。

「お兄様。今日は泊っていかれるのですよね」

「できれば、そうさせてもらえると助かる」
 ライトはひょいとレインが持っている籠を奪い取った。
「お兄様」
 妹が見上げてくる。

「このくらい、俺が持つ」
 笑顔を浮かべて言うと、彼女もニッコリと笑顔で返してくる。この笑顔は昔から変わらない。
 二人並んで、祖母が待つあの質素な小屋へと向かう。その間、レインはここに来てからどんなことを学んで、どんなことをしていたのかを、身振り手振りを交えながら教えてくれた。こんなに楽しそうに笑って話す彼女を目にしたのは、いつぶりだろう。
 学園に入ってからは彼女の顔から笑顔が遠ざかっていた。家にいるときは笑っているけれど、学園の中ではのっそりとした表情。魔導士団に入ってからはどうだろうか。トラヴィスがいてくれるから平気、と言っていたような気もするが。
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