魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
12.嬉しかったんだろう
 こっそりと部屋の中を覗くと、レインは小さな寝息を立てていた。彼女に気付かれないようにそっと扉を閉める。

「もう、眠ったようですね」
 ライトは祖母に向かって言う。そして、テーブルに備え付けられている椅子へと腰をおろす。

「久しぶりに、ライトくんに会えて嬉しかったんだろう」
 祖母はお茶を二つ淹れた。一つをライトの方へと置く。

「レインに聞かれたくない話なんだろう?」
 向かい側に座る祖母のそれに頷く。

「あの。ベイジル様の論文や資料は、この家に残っていますか?」
 両手でお茶を抱えながら、ライトは尋ねた。

「うーん、無いね」
 だが、即答だった。
「見るからにこんな質素な家だ。あんな大層なものがあったら、すぐに気づくさ」

「大層なもの?」

「本当にあの人は、ここに来てから書き物しかしてなかったよ。その辺に紙を散らかして、よくニコラに叱られていた」
 顔に皺を刻んで微笑んだのは、やはり懐かしさからくるものなのだろう。きっとそこには仲睦まじい光景が繰り広げられていたはず。
「両手では持ちきれないくらいの紙の山だったね」

 そこでなぜかライトはトラヴィスの机の上を思い出した。それほどの書類、いや論文というか資料。ベイジルはそこまでして何を書き留めていたのか。

「仮に、この家にあるとしたらニコラの部屋だろうね。今はレインが使っているけど。だけど、見た通り、何もなかっただろう?」
 ご指摘の通り。

「やはり、義母さんに聞かないとわからないですかね」
 そこでライトはため息とまではいかないような息を吐いた。

「そうだね。ああ見えても、あの二人は本当に仲が良さそうだったよ。まあ、だからレインが生まれたわけだがね」

 祖母の話とアーロンの話は相反するものにも聞こえる。一体、ベイジルとはどのような男だったのだろうか。
 謎は深まるばかり。
< 69 / 184 >

この作品をシェア

pagetop