魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「トラヴィス様。今、何を?」
 レインは手の甲で唇を拭きながら言った。

「魔力回復薬。レインがこぼさないで飲めるように、と思ってね」
 トラヴィスは嬉しそうに笑っている。

「あの。普通に飲めますから。何も、このようなことをしていただかなくても」

「何も問題はないだろう? 私たちは婚約しているのだから」

「ですがっ」

 そう、二人は婚約者同士。それは、魔導士団の誰もが知っている事実。
 だが何か問題があるとしたら、恥ずかしいということ。今までのキスは手の甲や頬だった。それにもかかわらず、いきなり唇と唇。しかも何か得体の知れない侵入。そして、先ほどからお尻に何か硬いものが当たっているような気もする。

「トラヴィス様? あの、何か当たっているようですが」

「ああ。生理現象だから、気にしないでおくれ。それよりもだ」
 トラヴィスが楽しそうに続ける。
「レイン。君の魔力が少しだけ回復しているようだ。だが、それも二だけ。魔力回復が二。回復薬一本飲んで、回復量が二。二だって?」
 そんなに二を連呼しないでいただきたい。だが、トラヴィスは興奮している。
 今のレインの魔力はたったの二。魔導士見習いの子供たちよりも低い魔力。
「ダメだ。君は面白過ぎる」
 レインを膝の上に乗せたまま、トラヴィスは子供のように笑っていた。

 つまり、トラヴィスにとって、自分は子供の玩具のような存在ということなのだろうか。
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