魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「レインだ」

「何が」

「その回復薬を作ったのが、レインだ」

「レインが?」
 トラヴィスは手にしていた小瓶をもう一度、目の高さにまで持ち上げた。そしてそれをもう一度、上下横からと見つめる。怪しいものを見るかのように、ではなく、愛おしいものを見るかのように。

「魔力を失っても、お前の役には立ちたいんだろうな。健気じゃないか」

 トラヴィスは何も言わずに、その回復薬の蓋を開ける。そして一気に飲み干す。

「甘くないな」
 とトラヴィスが呟いたのを聞き届けてから、ライトはトラヴィスに背を向けた。

「ライト」
 部屋を出て行こうとする彼の背に、声をかけるトラヴィス。

「レインは、その。元気なのだろうか」

「ああ、元気だな。お前のことは心配していたよ。すぐに仕事を溜めるってな」
 振り向きもせずにライトは答えた。きっとトラヴィスは情けない顔をしていることだろう。そんな彼の姿は、今、見たくない。そのまま、肩越しに手を振ると、ライトは部屋を出ていく。

 部屋に残されたトラヴィスは空になった小瓶をギュッと握りしめた。
 レインは覚えてくれていたのだろう。回復薬が甘い、と言っていた自分を。そうやって自分のことを考えてくれているレインが、愛おしい。そして、彼女に会いたい。彼女に触れたい。抱きしめたい。

 トラヴィスは両手で顔を覆った。
 レインが実は大魔導士ベイジルの娘であったということ。それからこのまま魔力枯渇が続けば、近い将来、彼女を失ってしまう、ということ。
 それだけは避けたい。
 できることならば、彼女と共に年を重ねて、彼女と家庭を築きたいと、願っている。そう思っている自分がいる。

 トラヴィスはわざと音を立てて立ち上がった。それは自分を奮い立たせるために。

 部屋を出て、隣の部屋にいるドニエルに「魔導図書館へ行ってくる」とだけ告げた。ドニエルは「いってらっしゃい」と事務的に答えた。
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