魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
先ほどから黙っていたトラヴィスが、冷めきったお茶を口に含んだ。温い、を通り越して冷たい。
「ニコラさん」
彼の声は非常に落ち着いていた。レインに会いたいと、あれだけ騒いでいたトラヴィスであるのに。
だからその声の主がトラヴィスであることを認識するのに、ライトは三秒程時間を要した。
「ベイジル様はベイジル様の名前で、それを残していますか?」
「どういう意味だ?」
と尋ねたのはライト。
「いや、言葉の通りだ。私たちはベイジル様の資料だから、ベイジル様の名前で探していた。だが、考えてもみろ。あの大魔導士様だ。資料や論文なら国宝ものだろう。それがこれだけ探しても見つからない、ということは、違う名前で残しているのではないか?」
「うーん。じゃあ、もう一つの名前の方かしら」
ニコラが人差し指を頬に突き刺して言った。何かを思い出している。
「もう一つの名前?」
ライトは聞き返す。
「うん、まあ。ベイジルって魔法研究所に入ってから使い出した名前らしいのね。本名はクラウスよ。彼、他に家族はいなかったんだけど、知人に知られるのが恥ずかしいとかなんとかで、魔法研究所では違う名前を使っていたみたい。人間なんて嫌いだ、とかかっこよく言い切っていたくせに、そういうところは小さい人間だったのよね」
ふふっと楽しそうに笑ったのは、それが楽しい思い出だからだろう。きっと彼女はベイジルのことを本当の名前で呼んでいたに違いない。
「ニコラさん」
彼の声は非常に落ち着いていた。レインに会いたいと、あれだけ騒いでいたトラヴィスであるのに。
だからその声の主がトラヴィスであることを認識するのに、ライトは三秒程時間を要した。
「ベイジル様はベイジル様の名前で、それを残していますか?」
「どういう意味だ?」
と尋ねたのはライト。
「いや、言葉の通りだ。私たちはベイジル様の資料だから、ベイジル様の名前で探していた。だが、考えてもみろ。あの大魔導士様だ。資料や論文なら国宝ものだろう。それがこれだけ探しても見つからない、ということは、違う名前で残しているのではないか?」
「うーん。じゃあ、もう一つの名前の方かしら」
ニコラが人差し指を頬に突き刺して言った。何かを思い出している。
「もう一つの名前?」
ライトは聞き返す。
「うん、まあ。ベイジルって魔法研究所に入ってから使い出した名前らしいのね。本名はクラウスよ。彼、他に家族はいなかったんだけど、知人に知られるのが恥ずかしいとかなんとかで、魔法研究所では違う名前を使っていたみたい。人間なんて嫌いだ、とかかっこよく言い切っていたくせに、そういうところは小さい人間だったのよね」
ふふっと楽しそうに笑ったのは、それが楽しい思い出だからだろう。きっと彼女はベイジルのことを本当の名前で呼んでいたに違いない。