魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 クラウス。
 ライトは記憶を探る。トラヴィスも探る。だが、魔導図書館でその名前を見たことは無い。

 そこで勢いよくライトは立ち上がった。

「書斎にあったかもしれない」

「本当か?」
 立ち上がったライトをトラヴィスは冷静に見上げた。
 ああ、とライトは頷く。
「トラヴィス、ついてこい」
 音を立ててライトは部屋を出ていった。

 それに続いてトラヴィスが立ち上がると、ニコラは彼の名を呼ぶ。

「トラヴィスくん。あなたにこんなことを頼むのは間違っているかもしれない。だけど」
 そこでニコラは目を伏せた。
「レインのこと、お願い。見捨てないであげて。あの子ね。ああ見えてもね。あなたのことが好きなのよ」

 トラヴィスの心臓が大きく跳ねた。それはレインに対する想いは、てっきり自分の片思いであると思っていたからだ。誰かに奪われるくらいなら、と無理やり四年前に婚約をお願いしたくらいに。

「ニコラさん。レインは、その、私との結婚を望んでいるのですか?」

 ニコラは驚いて顔をあげる。多分、驚いたから涙は止まったのだろう。涙の痕。

「少なくとも私の前では、あなたとの婚約が決まったことを、嬉しそうに話をしていたわ。まだ幼かったけれど。自分で本当にいいのか、って」

 レインが自分との婚約を喜んでいた、だと。

 それはトラヴィスが初めて耳にした事実。
 少なくとも彼女は自分のことを好きだとか愛しているとか、そういった言葉をかけてくれたことがあっただろうか。いや、無い。
 でも、いつも彼女は自分のことを案じてくれていた。それは遠く離れた今も。
 あの、甘くない回復薬。
 レインは覚えていてくれた。回復薬が甘くて、飲むことに苦戦していた自分を。その事実。それだけでは、彼女が自分を好いていてくれていることの証拠にはならないだろうか。

 レインを失いたくないと思うと同時に、彼女の口からその言葉を聞きたいと思った。
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