魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「お前。今日、泊っていくんだよな」
 ライトがジロリとトラヴィスに視線を向けた。それに対して、トラヴィスは頷いた。

「あら、だったらお部屋の準備をしなければならないわね」
 ニコラはなぜか楽しそうだった。

 ニコラの突然の帰宅と、突然の来客にも黙って対応する優秀な使用人たちによって、彼らの寝泊まりする部屋は確保されたわけだが。
 トラヴィスは書斎のソファに深く座って、ベイジルの資料をじっと眺めていた。まったくもって、わからん。

「飲むか?」

 とライトが差し出したのは、そう、お酒だ。そういえば、今日は飲み明かそうと言っていたような気がするのだが。

「飲む」
 トラヴィスは答えた。

「これらの資料を探すだけだって、俺は二月(ふたつき)もかかったんだ。そんな簡単に解読なんかできないだろ」
 酒を注ぎながらライトが言った。

「そうだな」
 トラヴィスは顔の高さまであげたグラスを、ライトのそれにカツンとあてる。

「なんか、わかったか?」
 ライトはトラヴィスが眺めていた資料を覗き込む。

「いや、全然。まったくもって、何もわからん。ライトのほうは?」

「俺もさっぱり、わからん」
 そこでライトはグラスをくいっと傾けた。喉に熱い液体が流れ込んでいく。
 熱くなる身体だが、頭はなぜかすっきりとしてくる。
「これは一日二日で解読できるような内容ではないな」
 パサリと資料をテーブルの上に投げ出した。
< 91 / 184 >

この作品をシェア

pagetop