魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「いいのよ。そこは気にしないで。ありがとう、トラヴィスくん。これは、後でゆっくりと読ませてもらうわ」
 ニコラの笑みは優しかった。
「なんとなく、気付いてはいたのだけど。あの人が亡くなったのは、遺伝性の病でしょ?」

 トラヴィスは頷いた。

「あの人ね。気にしていたの。あの人の両親もそれで亡くなったみたいで。もしかしたら、自分もそうなるんじゃないかって」

 いくら魔導士だって万能ではない。死んだ者を生き返らせることはできない。怪我を治すことはできるが、身体の中を蝕んでいく病を取り除くことはできない。それが魔法の限界。

「もしかして、レインも?」
 ライトが尋ねた。

「あー、それは大丈夫よ。若いうちは発症しないみたいだから。仮にレインがそうだったとしても、あれの薬はあるし」
 病には魔法よりも薬草が効く場合もある。
「二年前にこの家を出たのも、その薬草を探していたというのもあるんだけれどね」
 そこまで言ったニコラは恥ずかしくなったのか、お茶を口に含んだ。
「トラヴィスくん。ありがとうね。あの人のことも、そしてレインのことも」

「いえ。まだ、レインの魔力を回復させる方法はわかっていないので、このままいけば彼女の生命力は、一年も経たずに枯渇します」
 生命力の枯渇、それはすなわち――。
 だが、それだけは絶対に避けたい、とトラヴィスは思っていた。それを想像しただけでも、胸が痛む。だから、何が何でももう一冊の謎の薬の作り方を解読する必要がある。

 だが、魔力枯渇から一年という期間がわかっただけでも前進したと思わねばならない。
 いつ生命力が枯渇するか、という不安からは解放される。彼女の命が尽きるまで、あと九月(くつき)というところか――。
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