魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 ライトはいささか不安だった。こいつは一体いつ寝ているんだろう、と。
 相変わらずトラヴィスはライトの家で寝泊まりをして魔導士団の仕事へと向かう。ライトの家にいるときもほとんど書斎から出ず、ずっと例の資料の解読を行っている。
 逆に、彼の身体が心配になるくらいだ。だが、こんなトラヴィスをライトは知っている。

 それは、確か五年前――。

 トラヴィスがレインと結婚したいと、父親に詰め寄った時だ。こいつ、何言ってるんだ、と言うのが当時のライトが率直に思ったこと。妹はまだ十二歳。
 当たり前だが、父親の答えは却下。それでもトラヴィスはしつこかった、らしい。仕事から帰ってきた父親がそんなことを言っていた。
 当の本人のレインは、ポカンとしていた。

 あまりにものしつこさに、父親はトラヴィスに一つ条件を出したらしい。自分を納得させるような論文を書け、と。
 魔導士団としての任務をこなしながら、論文を一本仕上げるというのはなかなか難しい。研究所所属の人間は論文を書くのが仕事のようなものだけど、魔導士団員は、それは仕事ではないからだ。それでも、たった三月で論文を仕上げ、あの父親を唸らせた。その間、魔導士団の仕事だってこなしていたはずだ。

 約束は約束だ、と言って、トラヴィスとレインの婚約が認められたわけだが。

 あのときのトラヴィスもこんな状態だったな、と思い出したわけである。結局彼は、レインのこととなると、寝る暇も惜しんで、我を忘れて、没頭してしまう、ということか。
 あの当時のレインは「なぜ、私なのでしょうか」と驚いていた。それが、ポカンの原因。きっと今も思っているはず。なぜ、トラヴィスがレインを選んだのか、と。
 それは、トラヴィスしか知らない。

 だけど、そんなトラヴィスだからこそ、ライトは期待している部分もあった。彼ならあの謎の資料を解読してくれるのではないか、と。レインを救ってくれるのではないか、と。
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