魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 それが現実となったのは、あの料理資料解読から一月(ひとつき)後だった。
 ニコラにはまだ言えない、と言う。

「わかったのか?」

 ライトが尋ねると、ああ、とだけ返事をするトラヴィス。

「そうか」

 限界にまでソファによりかかって、ライトは天井を仰いだ。ただ、ニコラには言えない内容ということが気になる。もしかしたら、よくない結果、なのかもしれない。

「ライト」
 疲れているはずなのに、トラヴィスのその目は鋭かった。
「レインと結婚させて欲しい」

「それは、俺との約束を守ってからだろう」

「読んでみろ」

 トラヴィスは先ほどまで解読していた資料を、ライトに手渡した。

 口頭で報告せずに読んでみろ、というところも嫌な予感しかない。良い報告であれば口にしたくなるはず。
 その嫌な予感を胸の中にしまいながら、トラヴィスから渡された資料に目を通した。
 大抵、嫌な予感というもの的中するもので。ライトは冷めきったお茶を一気に飲み干した。

「これは。本当か?」

「恐らく。私の解読法が間違っていなければ。信用できないのであれば、ライトの方でも解読してもらってかまわない」

 トラヴィスのことは信用している。だが、信用できないのはこの中身。

「だから、ベイジル様はこのような形でこれを記したのだろうな」
 トラヴィスは難しい顔をして呟いた。
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