最愛ジェネローソ
******
自分が皿の様に目を円くすることになったのは、4月のこと。
職場の駐車場に数本ある桜の花は満開だ。
儚い外見であるのに、堂々と咲き誇っており、非常に立派である。
そんな荘厳なことですら、さておき。
目を円くするほどの出来事とは、部署の一室の前方部分、部長のデスクの隣に横並びで居る新入社員たちの顔触れについてだった。
今年度の新入社員は、全員で7人。
そのうちの2人が、うちの営農部にやってきた。
それだけなら、何ら驚く必要もなかった。
しかし、その2人のうち1人の顔を見たときに、衝撃を抑えることが出来なかったのだ。
1人目の女の子が初々しい口調で自己紹介を終えると、次に件の青年が口を開く。
「星山産業大学 農学科より参りました、稲沢 穣慈と言います。作物生産について専攻していました。よろしくお願い致します」
彼は至って無愛想に言い切ると、軽くお辞儀をした。
稲沢くんと云うらしい、その彼こそ、ほんの1ヶ月ちょっと前の職場見学の説明会の時に、会場まで案内した人物だった。
――まさか、うちに入社してくるとは。
特に何も悪いことはないのだが、少し意外だったのだ。
あの案内をした時に、俯いて無言が多かったことも。
強張っている訳でも無さそうな表情が、無関心そうに見えていたことも。
全ての態度から総括してみても、この職場を欲していない印象を受けていた。
「それでは、新入社員の2人には、3ヶ月の試用期間に入ってもらう。それにあたって、それぞれに教育係を付けるので、不安なこと諸々はそちらに聞くように」
「はい」
部長の指示に新入社員の女の子は、はっきりと返事をする。
それに対し、稲沢くんの声は聞き取れず、小さく頷いていることだけは確認できた。
その様子を一緒に見ている、隣に居た同僚の森緒ちゃんが溜め息を吐いた。
「男子の方は、先が思いやられるねぇ。まずは発声から指導してやんなきゃ」
その言葉に思わず、苦笑いする。
声の細い自分もまた、同様の経験をしていたからだ。
上司や先輩方のご指導のお陰様もあって、今となっては、合格点を貰える所には達することが出来ている。
これから彼も叱られながら、成長をしていくのだろう。
但し、その成長を見ることが出来るかどうかは、彼のやる気と根気次第だ。
陰ながら応援をしよう、そう心に決めた。
その時、不意に部長の視線がこちらを向く。
「野村さんの教育係には、森緒さんに付いてもらいたい。良いかな?」
「はい! もちろんです!」
唐突な指名にも関わらず、森緒ちゃんは元気溌剌だ。
はっきりと物を言い、優しい眼差し見守る母性の塊の様な彼女に教育係は、適任だと思う。
納得の割り振りに、誰もが頷いた。
「そして、稲沢くんには……」
今、自分の中では注目の人物となっている彼は、何か反応をする訳でもなく、ただ棒立ちをしている。