最愛ジェネローソ



部長の視線は、再び森緒ちゃんと自分の間へとやってきた。

自分の周辺には、10年以上のベテラン社員さんが集まっている。

誰が彼の教育係に当たるのだろう、と呑気に構えていた。



「稲沢くんの教育係には、咲宮さん。頼んだよ」



不意を突かれ、全神経が静止する。

0.5秒、違う世界に飛ばされた様な感覚を体験する。

やっとの思いで、現実世界に戻ってきた自分は、ただ「え」と短く漏らした。



「咲宮さん、彼はいろんな部分が、君に一番近い気がしたんだ。しっかり見守ってあげて」

「は、はい」



予期していなかったご指名に、冷や汗が止まらない。

そんな自分の隣へやってきた一番、関わりの深い先輩 角野先輩が、不満げに話しかけてくれる。



「『一番近い』って。部長も何や、あの言い方。気に入らんなぁ。華ちゃんは確かに、声は通らんけど、端から直向きに仕事と向き合って、一生懸命やっとったわ」

「い、いえ。別に部長の言い方には、何も気にしてはいないのですが……」

「でも、きっと華なら、最後まで優しく丁寧に教えてくれそう! 私なら途中から、強い言い方してしまいそうやし」



森緒ちゃんも励ましの気持ちを含ませた笑顔で、自分の背中に活をいれてくれた。

正直のところ、稲沢くんという人と上手くやっていく自信は無い。

それでも、やるしかない。

新入社員の紹介挨拶の雰囲気が、ようやく解れてゆき、皆それぞれ自分の持ち場へ戻る。

自分と森緒ちゃんも、それぞれの新入社員の子たちの近くへと歩み寄った。



「改めまして、森緒と言います。私で分かることなら、何だって教えます。遠慮なく! バンバン聞いてね! 野村さん、稲沢くん、これからよろしくお願いします」

「よろしくお願い致します」



野村さんは、表情に強張りはややあっても、やはり元気が良い。

しかし、稲沢くんは相も変わらず、小さく「す」と聞こえたかもしれない程度の挨拶に、首だけでお辞儀している。

すると、森緒ちゃんの眉がピクッと、微かに動いた。



「仕事も、そうじゃない場面でも、挨拶や言葉が人生の主本! その大切さを一番知っているのが、咲宮さんです。是非、2人とも彼女から学んでくださいね」



愛嬌たっぷりの完璧な笑顔で、森緒ちゃんはとんでもないフリをしてくれる。

新入社員の2人をがっかりさせてしまったりしたら、どうするというのだ。
 
今まで必要の無かったはずの、プレッシャーが押し寄せる。

そうでなくても、人見知りの激しい自分は、新入社員も顔負けの緊張で強張りきった表情を、若い2人に向けた。



「咲宮です。よろしくお願いします。無理をする前に、声を掛けてください。……って、それも難しいかもしれませんが、頼ってください」



我ながら、何を言ってるか分からない。

きっと拙い、頼りの無い印象を与えたに違いない。

ふと稲沢くんに目をやった時、それまで真っ黒な無関心だった瞳に、ほんの少しだけ光が見えた。

そんな気が、一瞬だけ。

その一瞬の出来事が自分には、幻覚のように思えて、首を傾げてしまった。


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