最愛ジェネローソ
その日から、稲沢くんと一対一での指導が始まった。
現在の自分が所属している部署は、営農部。
営農部とは、簡単に言えば、組合員内などの生産者の方々の農業に関してのサポートを行う部署のことである。
例えば、新しい農機具や技術があれば、ご案内をして。
肥料や燃料、機器など全ての物価が高騰している、この世の中で農業所得の向上を目指して、僭越ながら助言をさせていただいたり。
農業をされる方の数が著しく減少している今、何とか食い止めたい、と後継者の育成にも力を入れている。
「――そして、それらの情報を、一部の方だけではなく、その情報が必要な方など、いろんな方にご覧いただきたいので……」
稲沢くんの前に、先月発行分の広報誌を出す。
「こういった広報誌の作成も、うちの部署のお仕事になります」
「え。これは広報部とかの仕事なんじゃ……」
意外にも先程から、真面目にメモを取り、話を聞いてくれている彼は、少し驚いた表情で、自分に尋ねた。
「うちの所は組織の規模が小さいので、広報のお仕事も営農部で兼務しているんです」
「へぇ」
「でも、取材をするために農家の方と直接関わるのも楽しいし。どんな表紙、レイアウト、特集なら手に取ってもらえるかとか……。いろんな事を考えて、作成した物が出来上がると、とても達成感がありますよ」
日頃の作業の率直な感想を伝えただけなのに、稲沢くんの瞳が、また微かに輝く。
「へぇ……」
やはり反応自体は、ずっと薄いままだ。
しかし、彼の第一印象が、自分の中で早速変わりはじめていた。
人とのコミュニケーションの取り方が、端から見ていると、少しもどかしく思えてしまうのも、個性的に思えてしまうのも、お互いにまだ知らないから。
しっかり伝えさえすれば、きっと、もっと良い子なんだ。
彼は、無関心なんかじゃない。
本当は「知りたい」んだ。
そんな稲沢くんに、自分は思わず微笑んでいた。
――部長の仰っていたことは、あながち間違いではない。彼と自分は、少し似ているのかも。
「最初は、大変かもしれないけれど。楽しいお仕事も多いです。この先で、そう思えるように今、気張りましょうね。みんなで」
その瞬間、稲沢くんは目を見開いた。
そして、ここで初めて彼の生き生きとした声を聞いた。
「はい……!」
薄い表情なのに、頬だけを真っ赤に染める姿が初々しくて、つい声を漏らして、また微笑んでしまった。