最愛ジェネローソ
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自分自身の中学校時代の記憶。
もう10年以上も経ったはずの過去が、どうしても拭いきれず、消えない。
体育祭の練習が、恐らく全ての始まりだったのだろう。
種目は、クラス別競争だった。
自分が走れば、皆がざわめく。
苦しさ故に息を切らして、肩を上下に揺らし呼吸する姿を晒しても、皆が決めつけて、自分へ言葉を吐き捨てた。
『もっと本気で走れよ!』『お前のせいで負けたし』『最悪』『ああっ、イライラする』『存在がうぜぇ』『うちのクラス、今年は100%勝てへんわ』
彼らから次々に聞こえる声は、もはや音にしか聞こえない。
いや、当時から音に変換していたのだ。
『もっと本気で走れよ!』
――言われんでも、本気やわ。
当時、中学生の自分は涙を堪えながら、内心では反発していた。
どれ程、苦しくて、苦しくて荒く呼吸をしていても。
常に無表情、無反応で蝋人形の様だと言われていた自分は、周りの人たちからは無関心、やる気のない人間だと思われていたのだ。
そのことは自分でも、よく分かっている。
きっと、そんなところが稲沢くんに、よく似ている。
「――さん。……な、さん」
そこまで思い至ると、自分のものではない声が、遠くに聞こえてくる。
「――ちょ、華さんってば」
ふと、我に返る。
目の前には、恋人である「よし君」こと栗山 芳樹くんが、心配そうにこちらを見ていた。
「わっ、な、何」
「何じゃないよ。大丈夫? 心ここにあらず、だったよ」
たった今は恋人と2人、個室でお食事を戴ける和食のお店にきている。
仕事終わりのおデート真っ只中だ。
そんなときに考え事をするなんて、自分は何を考えているんだ。
「ご、ごめんね」
「ううん。何か悩み事?」
「悩み事ではないんやけど。最近、新しく入社してくれた新人くんの事を考えてた」
「何か大変なの?」
「た、大変とかではないよ。本当にとても良い子で……。ただ誤解をされやすいタイプかな。そういうところが、自分と似とるな、って思えちゃって」
「華さんと似てるの? 俺には、華さんが誤解をされやすい、ってところは分からないな」
よし君は、そう言いながら、綺麗に盛り付けられた料理に箸を付ける。
「その子ね、表情が少なくて。本当はいろんな事に関心があるのに、返事が小さいのも相まって、周りからの印象があまり良くないの」
「残念だけど、返事が小さいのは、良い評価には繋がらないだろうね」
「うん。そりゃ、そうやんな。やけど、自分が教育係を任せてもらえたんやから、せっかくなら改善できるように、何か力になってあげたい」