愛が欲しかった。
 カラオケに決まったのは意外だった。人見知りな藤本が嫌がると思っていたからだ。しかし、藤本は長い黒髪を軽く指で流すと、
「歌うの好きなんだ」と、照れくさそうに言った。その恥ずかしがる仕草にぼくは打ち抜かれて、軽い眩暈を覚えてしまう。

 藤本ってこんなに可愛いかったの?

 ちょっとしたカルチャーショックを受けて、ぼくは当初の予定を忘れてしまいそうになる。そうぼくは浜下のためにこの場を設けたはずだ。藤本なんて当て馬に過ぎないのだから。

 カラオケの店内に入り、受付を済ませた所で、武本を呼び止めた。浜下達が不思議そうにこちらを見ていた。
「ごめん、ちょっと武本と話があるから先に部屋に入ってて」
 ぼくがそう言うと二人は先に部屋に入っていく。浜下だけは何か心配そうな顔をしていた。ぼくが武本に告白でもすると思ったのか、ただの嫉妬かはわからない。

 ぼくは二人が部屋に入るのを確認して呼び止めた武本の前に行くと、入ろうかといった。武本はポカンとしていたけれど、ぼくは武本にウィンクをした。ごめんとからかいの意味を込めて。

 ぼくはどうしても、三番目に部屋に入る必要があったのだ。なぜなら、カラオケの席は大きな長机で男女を分ける。だからぼくは対面に座る浜下と藤本を見て、迷わず藤本の隣りに座った。この行動にはみんな呆気を取られたように驚いた表情を浮かべていた。

 武本も驚いた表情を浮かべていたが、武本にはぼくが藤本さんと仲良くなりたいと伝えていたので納得したようで、笑顔でガッツポーズをぼくをみせたのだった。
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