愛が欲しかった。
ぼくは今までカラオケに行ってこんなにも楽しいと感じたことはなかった。人が歌っている最中はどこか向こうの方に意識を取られていたし、自分が歌っていても、感情を込めて歌うようなことはなかった。
けれど今はすごく楽しい。
武本は見た目通りの可愛らしい歌を選曲して、みんなが盛り上がれるような曲をチョイスしているし、歌が好きだといった藤本は本当に歌が上手い。何よりも画面に向かっている横顔がカッコ良く見えていた。そして、一番驚かされたのは、浜下の歌唱力だ。大きな身体からだされる声量に聞きごちのいい声色をしている。隣りできいている武本も上手いねって浜下に言っていた。
ぼくはというと、場の雰囲気を無視して、失恋ソングをここぞとばかりに歌った。抱えていたストレスを歌に乗せるとはこのことなのか。すごく気持ちよかった。
それにカラオケの部屋の騒音は隣りにいる人との会話を遮る。だから自然と距離がちかくなるのだった。浜下と武本の距離もいい感じに縮まっているようにも見える。
「藤本って、歌ってる姿が本当に綺麗だね」
ぼくは藤本に耳打ちすると藤本の顔がみるみるうちに紅潮していくのがわかった。そんな照れた表情がまたぼくの心を少しだけ掴んだ。
香りさんもこんな表情をみせてくれたらいいのに。いつもすまし顔をきめこんで。
時計は夕方6時に差し掛かろうとしていた。そんな時、武本がスマホで時間を確認すると、
「わたし、そろそろ帰らないといけない」と、言った。それを訊いた藤本もわたしもと呼応して、カラオケは終了したのだった。