愛が欲しかった。
「ちとトイレのついでに締めるか」
 そう言うと浜下は席を立つ。それから座り続けるぼくに無言の圧力をかけたくる。「ツレションいくぞ」って。

 仕方なく席を立った。ずんずんと中村目掛けて進む浜下の後をつ
いて歩く。本当にしばく気なのかと思わせる勢いだった。浜下は中村の前に立つ。
「おお、中村、小便いかないか」
 中村の肩に腕をまわす浜下。
「いや、ぼくは、別にトイレ行きたくないんだけど」
 中村の声はうわずっている。たしかに浜下の見た目って反則だよな。クラスメイトでもびびってしまうくらいに。
「ああ、ぼくも少しだけトイレに行きたくなったよ、また話そうね、藤本」
 中村はそう言って浜下に拉致らてしまう。
「九条、お前は藤本に話があるんだろ?」
 そう言うと浜下は中村を本当に連れて行ってしまった。
 
 残されたぼくは少し困ってしまった。目の前にいる藤本はぼくの話しを待っている様子で動こうとしない。会話の糸口なんて何でもいいと思っているけれど、いざ藤本を目の前にすると、綺麗に思考が停止した。
「藤本って本当に歌上手いよな」
 絞り出してでた言葉がこれだ、散々昨日、言ったのに。
「ありがとう、でもそこまで上手くはないよ。いくちゃんだって凄くうまかったよね」
「いくちゃんって誰?」
 そう言うと藤本は驚いた顔をした。
「武本さんの名前だよ」
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