愛が欲しかった。
 そう言うと藤本は不安そうな顔をして、
「わたしの名前を知ってる?」そうぼくに訊いた。
 ぼくは藤本の名前を知らないことに今気づいた。
「ごめん、知らない」
「そうだよね、改まって自己紹介したことないもんね」
 そう言った藤本はどこか影をおとした。
「クラスメイトの名前って知らないとおかしいのかな?」
「そんなことはないよ、ただ、その人との関係性っていうか、興味を持ってるかどうかだと思う」
 つまりは、ぼくと藤本の関係地は低いということなのだろうか。クラスメイトの中では一番タイプな女の子ではあるけれど、それ以上の感情がなかったから、ぼくは彼女の名前を知りたいと思うことはなかった。でも今は、
「ごめん、藤本。今更だけど、名前を教えてくれないか?」
 ぼくがそう言うと藤本は照れくさそうに「澪(みお)っていうの」と言った。
「ありがとう」
 そうこうしているうちに小休憩は終わって、ぼくは席に戻る。トイレに行った浜下はまだ戻っていなかった。本当に中村をしばいているんじゃないかと心配が巡る。二人が戻ってきたのは授業が始まりすこし後だった。
 
 帰ってきた浜下に長いトイレを指摘すると、「いや、中村の奴が中々小便をしなくて待ってたんだよ」と言った。想像すると可哀想な光景が絵に浮かぶ。
 
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