愛が欲しかった。
 
 武本が教室に入ってきた途端に浜下はソワソワしている。なぜなら浜下は毎日の日課として彼女に挨拶を交わすということを目標にしているからだ。まごまごしている浜下をせっつくようにぼくは右肘で前の席に座り続ける浜下の脇腹をつついた。
「やめろ」怒ったように言う浜下。
「早くしないとタイミングを失うぞ」
 そう、浜下が武本に挨拶するタイミングは限られている。武本がロッカーに荷物を入れて、席に着くまでの間なのだ。席に着いてしまうと、挨拶の難易度がぐんっとあがってしまう。武本のロッカーは丁度よくぼくたちの席の後ろで、動かずして自然に挨拶を交わせる位置にある。これを逃してしまうとわざわざ席に着いた武本の前までいき、挨拶をしなければならない。それは、君が好きだから声をかけにきたと言わんばかりの行動で不自然である。

 ま、浜下が武本に気があるのは周知の事実ではあるのだけれど、それに気づいていないのは当の本人だけだろう。こんな巨漢ヤンキーが毎日、特定の人物にだけ挨拶をすること自体が気味悪いし、不自然の塊だよ。当然のように武本だって、浜下の気持ちには気づいている事だろう。ここまでアピールしているのに気づいていないのなら、それはもう脈なしということだ。

「武本、おはよう」
 ようやく、浜下が武本に声をかけたので、ぼくは浜下の視界の邪魔にならないように身体をよける。
「おはよう浜下君、九条君」
 武本は笑顔で挨拶を返す。その挨拶にぼくを含めて言うからぼくもおはようと返した。

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