嘘の花言葉
「三日後の子三(ねみ)(どき)、月天橋の傍に咲く大きな枝垂桜の木の下で、姫が来るのを待っています」

 駆け落ちの誘いだった。
 誰にも見つかることなく屋敷を抜け出せるかどうかわからない。
 仮に抜け出せたとしても、一人きりで外出したことがない私が枝垂桜までたどり着けるだろうか。

 そんな数々の不安が襲ってきた。
 でもこれを逃すと彼との関係は消滅してしまう気がして、手紙に書いてある通りの日時にその場所へ行くことを決意した。

 一大決心をした私は急に清々しくなって、浮かれていたんだと思う。いつもより丁寧に髪を梳いて、お気に入りの紅をさして。その時が来るのを今か今かと待ちわびていた……陰陽寮の火事を知るまでは――



「前世は東京で、その前は筑前国……京都は随分とご無沙汰していたね」
 私の隣でそう呟く想士の横顔をじっと見つめる。
 私たちは、「好き」などという言葉を交わしたことは一度もない。
……彼はどう思っているのかしら。

「……」
「姫?」

 黙ったままの私を不思議に思ったのか、想士がこちらを向く。
 現世での名前は全然違うのに、惰性で「姫」と「想士」と呼び合っている。もしかして私と一緒にいるのも、惰性なんじゃないの?

 どうしても気になる。聞くなら今だ。
 拳を固く握りしめた。
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