冷徹皇太子のメイド様!-私はクソ地味眼鏡なんです!-
かつてこんなにカップを睨みつけられながら紅茶を飲まれたことはあっただろうか。きっと殿下が初めてだろう。
「この紅茶はお前が淹れたのか?」
「えっと…その…」
「お前が淹れたのかと聞いている。」
おどおどした私にさらに目つきが鋭くなった殿下の顔が近づく。めちゃくちゃ怖い。
「わ、私が淹れました…」
「本当か?」
「その紅茶は私が淹れました!誠に申し訳ございませんでした!」
あまりの迫力に耐えきれず、頭を地面に擦り付けた。一体何が気に食わなかったのかわからないがとにかく謝る。殿下付きのメイドから下ろされるかもしれないが、それは願ったり叶ったりだし、命があればなんとかなる。
「まさかお前が…いやそんなはずは…」
ぶつぶつと何やら独り言を呟いている殿下は気味が悪い。何か言われる前に退散しよう。そう思い、そろりそろりと出口へ向かう。
「おい待て。どこへ行くつもりだ。」
「え!?あ、えと…紅茶もお出ししたところですし、他の業務でもしに行こうかと…。」
「お前は俺の専属メイドだろう。他になんの仕事がある。」
大迫力の顔がぎろりとこちらを見つめてくる。まるで狼に狙いを定められた子羊のような気分だ。冷や汗が私の背を伝った。ああ、なぜこんなことになってしまったんだ。こんなことなら専属メイドなんて全力で拒否してしまえばよかった。
「…おい、顔をよく見せろ。」
「は、はい、どうぞ」
「そうではない。その野暮ったい眼鏡を外せ。」
「で、ですがこの眼鏡がないと何も見えなくなってしまいます。」
「ずっと外せと言っているわけではない。一回外して見せろと言っている。」
ジリジリと距離を詰めてくる殿下に思わず後退りをする。その距離をさらに詰めようと殿下が近づいて、私はいよいよ逃げ場がなくなる。
だがいくら殿下のお願いであろうと、この眼鏡だけは外す訳にいかない。
「ほら、早く外さないか。」
「やめてください!」
殿下の手が私の眼鏡の方へと伸びた瞬間、殿下の手を叩いてしまった。突然のことで殿下も目を丸くしている。いくら眼鏡を外すのが嫌だとしても、殿下の手を叩き落とすなんてあってはならないことだ。今度こそ本当に本当の死刑かもしれない。
「…お前」
「も、ももも、もも申し訳ございません!で、ででですが、こればっかりはいくら殿下のご命令でも従う訳には…」
「…もういい、下がれ。何かあれば呼ぶ。」
「はい!かしこまりました!」
私は逃げるように廊下に飛び出した。バクバクと鼓動する胸を押さえつけて思わず座り込んだ。
「あ、焦ったぁ…」
冷や汗が垂れた。かけている眼鏡を触る。大丈夫だ、見られていない。その事実に少し安心した。私にとっては殿下の手を叩いたことよりも素顔見られたかが大事だった。
「よし。キッチンに行って手伝ってこよう。」
気分を変えようと思い、私はスクっと立ち上がった。そして足早に殿下のいる執務室から離れた。
グランシャリオ帝国の皇太子、エリク・グランシャリオは先ほどまで紅茶が入っていた空っぽのカップをじっと見つめていた。昨日、自身の父親である皇帝に言われ、専属メイドにつけた地味な装いの女が淹れたものだった。
カップをグルグルと見回す。特に変わったところはない。それでも己の心を惹きつける何かが、あの眼鏡女が淹れた紅茶にはあった。
「やはり飲んだことがある。」
ぽつりと溢れた独り言は静かな執務室に響いた。一体どこで飲んだものだろうか。思い出そうとしたが検討がつかない。だがたしかに、俺はこの紅茶を飲んだことがあった。
茶葉が同じだったとかそういうわけではない。それだけで俺は驚かないだろう。驚いたのは茶葉の香りの立ち方だった。
今日あの地味な眼鏡のメイドが淹れた紅茶はあの日、彼女と飲んだ紅茶を思い出させるようなものだった。まさか彼女と飲んだ紅茶をあの眼鏡が淹れたというのだろうか。
「一体、貴女はどこにいるんだ。」
かつての幼い彼女の姿を思い浮かべる。出会ったのは俺が十三歳になるころで彼女はおそらく四歳だったように思える。一緒に飲んだ紅茶を最後に、彼女とは会えていない。
とりあえず、あのメイドは一回調べてみる価値がある。運が良ければ彼女の手がかりになるかもしれない。
「はぁ…」
ため息を吐いて、俺は机の上に広げられた書類の束を片付け始めた。
「この紅茶はお前が淹れたのか?」
「えっと…その…」
「お前が淹れたのかと聞いている。」
おどおどした私にさらに目つきが鋭くなった殿下の顔が近づく。めちゃくちゃ怖い。
「わ、私が淹れました…」
「本当か?」
「その紅茶は私が淹れました!誠に申し訳ございませんでした!」
あまりの迫力に耐えきれず、頭を地面に擦り付けた。一体何が気に食わなかったのかわからないがとにかく謝る。殿下付きのメイドから下ろされるかもしれないが、それは願ったり叶ったりだし、命があればなんとかなる。
「まさかお前が…いやそんなはずは…」
ぶつぶつと何やら独り言を呟いている殿下は気味が悪い。何か言われる前に退散しよう。そう思い、そろりそろりと出口へ向かう。
「おい待て。どこへ行くつもりだ。」
「え!?あ、えと…紅茶もお出ししたところですし、他の業務でもしに行こうかと…。」
「お前は俺の専属メイドだろう。他になんの仕事がある。」
大迫力の顔がぎろりとこちらを見つめてくる。まるで狼に狙いを定められた子羊のような気分だ。冷や汗が私の背を伝った。ああ、なぜこんなことになってしまったんだ。こんなことなら専属メイドなんて全力で拒否してしまえばよかった。
「…おい、顔をよく見せろ。」
「は、はい、どうぞ」
「そうではない。その野暮ったい眼鏡を外せ。」
「で、ですがこの眼鏡がないと何も見えなくなってしまいます。」
「ずっと外せと言っているわけではない。一回外して見せろと言っている。」
ジリジリと距離を詰めてくる殿下に思わず後退りをする。その距離をさらに詰めようと殿下が近づいて、私はいよいよ逃げ場がなくなる。
だがいくら殿下のお願いであろうと、この眼鏡だけは外す訳にいかない。
「ほら、早く外さないか。」
「やめてください!」
殿下の手が私の眼鏡の方へと伸びた瞬間、殿下の手を叩いてしまった。突然のことで殿下も目を丸くしている。いくら眼鏡を外すのが嫌だとしても、殿下の手を叩き落とすなんてあってはならないことだ。今度こそ本当に本当の死刑かもしれない。
「…お前」
「も、ももも、もも申し訳ございません!で、ででですが、こればっかりはいくら殿下のご命令でも従う訳には…」
「…もういい、下がれ。何かあれば呼ぶ。」
「はい!かしこまりました!」
私は逃げるように廊下に飛び出した。バクバクと鼓動する胸を押さえつけて思わず座り込んだ。
「あ、焦ったぁ…」
冷や汗が垂れた。かけている眼鏡を触る。大丈夫だ、見られていない。その事実に少し安心した。私にとっては殿下の手を叩いたことよりも素顔見られたかが大事だった。
「よし。キッチンに行って手伝ってこよう。」
気分を変えようと思い、私はスクっと立ち上がった。そして足早に殿下のいる執務室から離れた。
グランシャリオ帝国の皇太子、エリク・グランシャリオは先ほどまで紅茶が入っていた空っぽのカップをじっと見つめていた。昨日、自身の父親である皇帝に言われ、専属メイドにつけた地味な装いの女が淹れたものだった。
カップをグルグルと見回す。特に変わったところはない。それでも己の心を惹きつける何かが、あの眼鏡女が淹れた紅茶にはあった。
「やはり飲んだことがある。」
ぽつりと溢れた独り言は静かな執務室に響いた。一体どこで飲んだものだろうか。思い出そうとしたが検討がつかない。だがたしかに、俺はこの紅茶を飲んだことがあった。
茶葉が同じだったとかそういうわけではない。それだけで俺は驚かないだろう。驚いたのは茶葉の香りの立ち方だった。
今日あの地味な眼鏡のメイドが淹れた紅茶はあの日、彼女と飲んだ紅茶を思い出させるようなものだった。まさか彼女と飲んだ紅茶をあの眼鏡が淹れたというのだろうか。
「一体、貴女はどこにいるんだ。」
かつての幼い彼女の姿を思い浮かべる。出会ったのは俺が十三歳になるころで彼女はおそらく四歳だったように思える。一緒に飲んだ紅茶を最後に、彼女とは会えていない。
とりあえず、あのメイドは一回調べてみる価値がある。運が良ければ彼女の手がかりになるかもしれない。
「はぁ…」
ため息を吐いて、俺は机の上に広げられた書類の束を片付け始めた。