クールな社長は政略結婚したウブな妻を包容愛で満たす


 焼く生地は前もって発酵させていたので、夕方前にはパンが焼き上がった。
『一日パン教室』の生徒たちは焼きたてパンを大事そうに持ち帰っている。
参加者皆が笑顔でパンを作ったのだ。きっと美味しいだろう。

生徒たちが引き上げると、やっと『パンの店』に静かな時間が戻ってきた。
まだ夕焼けには早い時間だが、お店に並んでいたパンも殆ど売り切れている。

「お疲れ様でした。」

「和優さん、今日はありがとう。助かったわ。」
「こちらこそ。教室まで見学させていただいてありがとうございます。」

「カフェも大盛況だったわね。和優さんのコーヒーが美味しいからよ。」
「そんな事ありません。いつものように淹れただけですから…。」

「柊哉君は幸せね、毎日美味しいコーヒーが飲めて。」

「いえ、そんな…。」

彼は私の淹れたコーヒーなんか一度だって飲んではいない。

だが、『白い結婚』の事を麻美に知られたくなかった。
和優はとっさに『妻』の仮面を被った。新妻らしく、にっこりと微笑んで見せる。


「さ、今夜の宿に案内するわ。」
「宿?」
「そうよ、うちに泊まっていってね。」
「えっ?」

ホテルか旅館に泊まるのかと思っていた。
篠塚家にお世話になるなんて私は聞いていない!



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