クールな社長は政略結婚したウブな妻を包容愛で満たす
正月が開けてやっと、涼真と館山の水口家に行く日がきた。
理江が来てから鬱々としていたが、和優にとって楽しみで仕方なかった日だ。
手土産には、昔ながらのパン職人である涼真の父に、
恥ずかしながら手作りの天然酵母パンを食べてもらおうと張り切った。
前もっていくつか酵母の用意をし、出かける前日はキッチンに籠って、
天然酵母を使って何種類かパンを焼いてみた。
キッチンで作業していると、田辺が興味深そうに覗いてきた。
「お上手なんですね、奥様。」
「まだまだよ。教えてもらった通りにしか作れないの。」
「酵母からお作りになるんですか?」
「そうなの。色々ためしたいんだけど応用がきかなくて…。」
和優は謙遜しているが、彼女の几帳面な性格が酵母造りには向いていた様だ。
デリケートな酵母菌の扱いが上手だと篠塚にも褒められている。
「奥様はお料理がお上手なのに、いつも私がお作りして旦那様にお出ししておりますが
よろしいんでしょうか?」
「田辺さんの作るご飯は美味しいですもの、柊哉さんもお喜びだと思います。」
「せっかく、最近はお帰りになっておられますのに…。」
暗に、妻の手料理を出すべきだと言いたいのだろう。
「いいのよ。妻の味何て覚えてもらわなくても…。」
「は?」
いずれ別れる予定の人に、『妻の味』は不要だろう。
「このままで、お願いしますね。」
「では、このパンを少しいただけませんか?明日の朝食用に。」
「ええ、沢山作ったからどうぞ。」
パンに罪は無いのだ。これくらいなら食べてもらっても構わない。