もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
『日向です』
「お義母(かあ)さんですか。若佐楓です。こんな時間にすみません」
『あら。楓くんじゃない。珍しい』

 電話を掛けた先は小春の実家だった。駄目元で掛けたが出てくれるとは思わなかった。日本はもう夜も更けた時間帯だろうに――。
心の中で再度謝りつつも、すぐ本題に入る。

「実は、小春さんの事で聞きたい事がありまして……」
『やだっ。あの子ったら、まだ楓くんと合流していないの?』

 その言葉に、昼間に見た後ろ姿が思い出される。やはり、あれは小春だったのだ。
 どうして急にニューヨークに来たのだろうか。

「ええ。そうなんです。実は俺の仕事が長引いてしまって、空港に迎えに行ったら、入れ違ってしまったみたいでして……」

 俺は適当に話を作るが、お義母さんは呆れたように電話口で溜め息を吐いたようだった。

『全く……あの子ったら、仕方のない子ね。結婚してもまだ勝手な事ばかりして人様に迷惑かけて……。まあ、わたしも小春の事をとやかく言えないか。小春から部屋の管理を頼まれていたのに、仕事が長引いて、夫に頼んだくらいだし』

 小春の母親は保険会社の営業、父親は定年退職をしたらしいが、退職前は地方公務員だったと聞いている。――結婚したばかりの頃、小春の母親から執拗に保険の勧誘を受けたのは、今でも記憶に新しい。

「そ、そうでしたか……。それで、小春さんからどこに行くとか聞いてないでしょうか?」
『あの子ってば、そんな事も話していないの? と言っても、わたしも楓くんに会いに行くしか聞いていないのよね……。なんか切羽詰まったような様子だったし』
「そうですか……」
『あっ! でも、宿泊するホテルの名前は聞いたのよ。確か、セントラルパークの近くのホテルとか……』
「それはどこのホテルですか!?」

 ホテルの名前を聞くと、ニューヨークでそこそこ名の知れたホテルだった。ようやく、小春の足取りが掴めそうで安心する。

「ありがとうございます。お義母さん」
『いいのよ。小春の事、よろしくね。あの子、英語は本当に苦手だから』
「そうなんですか……?」
『そうよ。あの子ってば、中学の期末試験で赤点を取るくらい、英語苦手なんだから。今でもほとんど分からないんじゃないかしら』

 その後、お義母さんに礼を言って電話を切るが、その時には既に小春の事で頭が一杯になっていた。

(こうしている場合じゃない!)

 英語が苦手なら、犯罪に巻き込まれる可能性が高い。日本とは違い、ここでは英語圏に住んでいない外国人を狙った犯罪が多く、特に一人旅の女性旅行者は格好の的だと聞いている。

 俺は慌てて事務室に戻ると、所長のロング弁護士に早退を申し出た。帰り支度をしながら、この後会う予定だったクライアントに、日にちを改めてもらえないか連絡し、内線で受付にいるジェニファーに予定が変わった事を伝えた。
 そして唖然としている所長とジェニファーを置いて事務所を飛び出すと、事務所近くで捕まえたタクシーでホテルに向かったのだった。
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