もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
 昼食を終えると、シープ・メドウを出て、腹ごなしにベセスダの噴水に向かって散歩する事になった。石造りの噴水であるベセスダの噴水は、日本から持って来た観光本に写真付きで紹介されていたので私も知っていた。
 平日の昼間でも人が多く、噴水の近くで寛ぐ人達以外にも、ボールやフリスビーで遊ぶ子供達や犬を散歩する人達が居たのだった。
 どこからか音楽が聞こえてきたので、私は辺りを見回す。

「楽器を演奏する人もいるんですね」
「近くに野外音楽堂があるからな」

 楓さんに示された方を見ると、それらしき場所があり、音楽はそこから聞こえて来るようだった。

「週末にはよく音楽フェスを開催しているな。その時はこの辺りも混むんだ」
「この辺りにはよく来るんですか?」
「たまにな。休みの日は散歩がてら、この辺りを歩いている。身体が鈍るからな」

 そんな事を話しながら歩いていると、噴水のある広場の片隅にホットドッグやポップコーンなどの移動ワゴンを見つけた。
 ワゴンの近くには小さい子供連れの親子が数組いたが、その中の子供の一人が紅葉の様な小さな両手でアイスキャンディーを持っていたのだった。

「アイスキャンディー、美味しそうですね」
「せっかくだから買ってみるか? 日本には無い味もあるだろう」

 楓さんに連れられてワゴンに近づいて行くと、アイスキャンディーが入っている冷凍ケースにアイスキャンディーの種類が書かれたポスターが貼られている事に気づく。

「どれがいいか迷いますね……」

 迷った末に、日本ではあまり見かけないピンクライム味を購入する。
 支払いをしてくれた楓さんに礼を言った時、アイスキャンディーが一本しか無い事に気づく。

「楓さんの分は……?」
「食べたばかりだからまだあまり腹が減っていないんだ」

 服といい、昼食といい、今日は楓さんにお金を使わせてばかりいるので、どこか申し訳ない気持ちになる。

「私の分だけなら、自分で買うべきでしたね。気づかなくてすみません……」
「遠慮しなくていい。デートなんだから、俺が支払うのは当然だろう」

 そっと薄桃色のアイスキャンディーを受け取ると、袋を開けて口に含む。
 ライム特有の酸味と微かな甘味が口の中に広がり、私は目を輝かせる。

「んっ! 冷たくて甘酸っぱいです!」

 日本では滅多に食べられないピンクライム味のアイスキャンディーに感動していると、楓さんが小さく笑ったのだった。

「小春は美味しいものを食べると、すぐ顔に出るな」
「そうなんですか? 気がつかなかったです……」
「恥ずかしがらなくて良い。素直なのは良い事だからな。作り手も喜ぶだろう」
「そう言う楓さんも、家で食事をしている時はどこか機嫌が良さそうですよね」
「それはそうだろう。小春の料理はどれも美味いからな。出会った頃に比べたら、かなり上手くなった」
「そんな事を言われたら嬉しい様な、恥ずかしい様な、緊張する様な……。今日の夕食も気合い入れて作らないといけなくなります」
「それならハンバーグが良いな。小春のハンバーグは絶品だからな」
「材料が良いだけですよ」

 いつになく饒舌な楓さんにどこか胸が温かくなる。料理を褒められて照れているというのもあるが、それだけでは無いような気がした。
 食べながら歩いていると噴水近くのベンチが空いていたので、ひと休みする事になった。座る前に楓さんが軽く座面を手で払ってくれたので、小さく礼を言って腰を下ろす。
 その隣に、さも当然という様に楓さんも座ったのだった。

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