フヘンテキロマネスク
ほんとう、ここまで好きにさせといて、まったくその気になってくれない真咲ってずるい。
真咲の些細な言動で浮き沈みする俺のことなんか知らないで、まじめに「なんで謝るの?」とか聞かないでよ。ぜんぶ、真咲だよ。
「なんでって、真咲って呼ばれるの嫌だったんじゃないの?それに上書きもいい迷惑だったってことでしょ。だから、ごめん。俺の自己満足で嫌な思いさせて」
自己満足とか、自分で声に出してしまうと余計に虚しくなるな。事実だから仕方ないけど。
人波を縫うように歩いていく。本当は、こういうときはぐれないようにって適当な理由でもつけて手を繋ぎたいけれど、そんなのは夢のまた夢だ。
そんなことを考えていた俺の耳に、「それは違うよ」と否定する真咲の声が飛び込んできた。
「私ね、鈴本くんに『真咲』って呼ばれるの嬉しかったよ。でも、それと同じくらい『くる』って呼ばれるのもうれしかった。可愛くて、2個目の名前をもらったような気持ちだった」
驚きで、思わず息を飲んだ。沈み切っていた気分が、あっさりと簡単に浮上していく。